08.21.02:21
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05.16.21:55
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その9
ヒロとべーやんが、メニューらしき紙切れに夢中になっている間、僕はもう一度店内を見回していた。壁には間接照明に照らされた、往年のスター達(?)らしきモノクロのポスターが額に収まって散りばめられている。確かに店の雰囲気としては落ち着いていて、僕好みかもしれない。BGMも耳に心地よく、薄汚れた現実世界から遠ざかり、どこか別世界にやって来たかのような錯覚を覚える。
ただし、客層は別だった。
予想通りの、オジサン・オバサンの、欲の皮の突っ張った脂ぎった顔。祝日と言うのに仕事帰りなのか、オジサンに連れられた、スーツ姿の若者の作り笑顔。刹那的な快楽を追求することしか念頭に無い、厚化粧で年齢不肖な女達。ここから見える限りでは、僕の想像の中のイメージとさして変わらない。どれもこれも、つまらない日常を見せ付けられているようで、せっかくの雰囲気を貶める役にしか立っていない。薄暗く良く見えないのが、せめてもの救いだ。
総合すると、僕はこの店が好きでも嫌いでもない。そう言う事になる。この時の僕には、この先、この店に通いつめる事になるとは、想像すらできなかったのだった。
店のルールである一人1フード(料理1品)を適当に注文し、それらが全て揃ったころ、僕達の前面にあり、周囲の暗さと相まって、一際光り輝くステージに、一人、また一人と、バンドのメンバーが現れてきた。メンバーは揃いの襟の大きな黒いシャツ(こういうシャツを開襟シャツと言うことを僕が知ったのはずいぶん後のことだ)の上に赤いジャケット、黒のスラックスを着て、頭はあの喫茶店で見たようなリーゼントをしている。
音合わせの軽い音が、ギターやドラムセットからもれる。これからどんな音楽が演奏されるのかさえ知らない僕だが、こうして生の音を聞くと、少し鼓動が高鳴る。
何かが起こりそうな予感―
どんな音楽にも、そんな気持ちにさせる力が宿っているのかもしれない。
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05.13.22:51
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その8
ひさ兄がドアを開けると、どこかのCMで耳にしたようなメロディが静かに流れていた。ドアを入ったところから見えるのは、左手のレジカウンターと、右手奥のバーカウンターがちらりと覗いている。階段同様、ここもやはり薄暗い。ここから見る限りはとてもライブハウスには見えない。小さなちょっとお洒落なバーといった感じ。
そんな事を考えている間に、いつのまにか近づいてきていたウェイターに誘われて、僕達4人はバーカウンターの方へと歩みを進めた。
薄暗い店内でその存在を誇示するかのような、さめるような黄色地に表の看板と同じデザインの店のロゴがバックプリントされたシャツは、カウンターの手前で、おもむろに右に曲がった。
黄色いシャツの向こうに広がる空間が、突然大きく開け、僕は思わず立ち止まった。左手には壁面の半分ほどを占める大きさで、階段ほども無い段差のステージがライトアップされ、ドラムセットとキーボード、それに3本のマイクスタンドが輝き、自己主張をしている。そしてそれらを取り巻くように配置されたいくつかの円形テーブル達。さらに奇妙な空間をのこして、2重3重に取り巻かれた円形のテーブルよりも大き目の四角いテーブルとソファ。店内はざっとこんな造りになっている。
僕達が案内されたのは、中央やや奥よりの2重目のソファの席。
「みんな水割りで良いよな」
座るなりひさ兄は、ほぼ断定するような口調でそう言い放ち、僕達三人の返事も待たずに、ジャックダニエルというウィスキーをボトル1本注文していた。
未だにビールが美味しいとも思えない僕にとっては、お酒に対して何のこだわりがある訳でもない。別になんだって良かった。
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05.10.21:00
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その7
ひさ兄がいつもの調子で、何の悪気も無く、何のわだかまりも感じず、何のヘンテツも無く、僕らの前に姿を現したのは、6時半の少し前。
ヒロとべーやんの猛抗議にも動じずに、この日ひさ兄が初めて発した言葉は、
「主役はいつも遅れてくるもんだ」
だった。
今日の主役は、成人を迎えた僕達じゃないのか。
そんな疑問にも、ひさ兄は何処吹く風だった。
僕達4人は、とりあえず腹ごしらえにと居酒屋に入り、1時間ほど過ごした後、いよいよダイアナへと向かった。
すでに酔いが回りまくっている、恐らく新成人が大半を占めると思われる人ごみを掻き分け、繁華街からは少しだけ離れた場所にその店はあった。
ビルの壁から突き出た、横に長い楕円形の看板には、”LIVE HOUSE DIANA”と書かれている。防音設備がしっかりしている為なのか、音はぜんぜん漏れていない。おじさん・おばさん御用達のカラオケ喫茶とはわけが違うようだ。
ライブハウスと書かれてあれば、たとえあても無く、お酒を飲む店を探していたとしても、絶対に入る事は無いだろう。
ひさ兄を先頭に、大きなクロムメッキの施されたガラス張りのドアを開け、地下へと続くダウンライトにぼんやりと照らされた薄暗い階段を下りていった。僕は田舎者のようにきょろきょろと視線を右往左往させ、壁に掛けられたモノクロのポスターを眺めていた。人物が分かったのは、マリリンモンローとジェームスディーン。でも、二人が過去の映画スターという以外は、何も知らない。
過去の思い出に浸る中高年の為の店―
階段を下りつつ、未だにこの店のイメージを膨らませる僕の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。
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05.07.21:54
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その6
僕からこの会話を切り出しておきながら、僕の興味はもうすでにそこには無かった。
僕の目は、カウンター席にいる男性の背中に注がれていた。
着古したブラウンの革ジャンに、ジーンズ。髪型は明らかにリーゼント。マンガやテレビで見た事はあっても、生で見るのは初めてだった。
彼は絵に描いたような、言わば不良だった。それも過去からタイムスリップしてきたような。
しかし、だからといって彼は、そういう類の人間がもつ、独特のピリピリとした緊張感や、周囲を脅えさせる威圧感と言うものを感じさせない不思議な男だった。今も、カウンターに居る老いたマスターと、笑顔を絶やさず談笑している。
まるでスクリーンを切り出したような光景。
僕の心臓は、早鐘をついている。
かっこいい。
陳腐な表現だが、これが僕が彼に抱いた感情を、もっとも正確に表現できる言葉だと思う。
しばらくして彼が店を出るまで、僕の目は、彼に釘付けだった。
当然の事だが、冬は闇が訪れるのが早い。
弱々しい真冬の太陽が逃げ出し、星や月ではなく街の明かりが勢いを増した頃、僕達三人は肩をすくめながら、元町駅でひさ兄が来るのを待っていた。
ひさ兄との待ち合わせは6時だったはずだが、待てど暮らせどひさ兄の姿は見えない。べーやんが、3回目になるひさ兄への電話を、無言のまま切った。
「やっぱり、でねぇや」
「えぇ?もう、腹減っちまったよぉ」
ヒロの声は、愚痴と言うより、ほとんど悲鳴で、引っ込むはずの無い腹を懸命に抑えている。
「そうか」
僕は気の無い返事をした。実の所、ひさ兄の遅刻はいつもの事だった。早くても約束の時間の15分後、これまでの最長記録は1時間だった。その時はさすがに待つのをやめて、別の場所に居たら、平気な様子で電話をかけてきて、「今来たけど、お前ら何処に居るんだよ」と言う始末だった。それでも、たまに時間通りに来て、誰かが遅刻すると、ひどく怒るのだから性質が悪い。ひさ兄のルーズさを知っていながら僕達が時間通りに待ち合わせ場所に来るのには、そういう理由なのだ。ひさ兄が年上ではなく、世話にもなっていなければ、間違いなく付き合い方を考えていただろう。ひさ兄とはそういう人だった。
だから、約束の時間に来ないで、連絡もつかないとなると、普通なら心配するところだが、僕は毛ほども心配などしていないのだ。
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05.04.17:16
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その5
「おなか空いてない?」
これが、僕達の視線に対するヒロの答えだった。
「ひさ兄から、今日行く店……。ダイアナだったっけ?どんな店だか聞いてる?」
僕の問いにべーやんは、困ったような表情で、頭を掻いた。まるでマンガの中のワンシーンみたい。分かりやすい態度。僕は心の中で舌打ちした。
(コイツ何にも聞いてないな……)
「聞いても教えてくれないんだよ。行ってからのお楽しみだとか何とか言って。とにかく、絶対に俺達が行った事のないような店だって」
僕の心の中の舌打ちが聞こえたのか、べーやんは言い訳臭い口調で、そう言った。
『俺達が行った事のない店』と言うのは、本当だろう。僕には想像する事すらできないのだから。べーやんとヒロにも聞いてみたが、僕の陳腐な想像と、そう対して変わらなかった。
3人が共通している事は他にもあった。
その不可思議な店に対して、二人とも何かを期待しているわけでもなく、過度な興味を抱いている訳でも無いと言う事だった。想像もつかない店を、話のネタに一度覗いてみよう。良い店なら瓢箪から駒。デートコースの一つにもなる。その程度の興味でしかないのだ。
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