08.20.21:38
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06.02.23:06
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その14
それから後は、ひさ兄のウンチクの披露とダンス教室が始まった。
あの曲は何だかんだ。
ボックスステップとは、ああだこうだ。
べーやんとヒロはそれなりに耳を傾けていたが、全く興味が湧かない僕は、お笑い芸人よろしく完全に右から左に受け流していた。僕の頭の中は、どのタイミングで「そろそろ帰ろうか」と言い出すべきかで一杯で、今のところの結論は、とりあえず今では無いと言う事だった。僕は半ばうんざりしながら、少し輝きを失ったステージを眺めていた。
再びステージが始まろうとしていた。
前回と代わり映えしない光景が、まるでプログラムのようにきっちりと繰り返されてゆく。退屈しのぎのように慣れない水割りのグラスを重ね、少し酔いの回った僕は、死んだ魚のような目でそれを見ていた。
つまらない日常―
初めは別世界に感じたこの店も、そんなものに支配されているのかと思うと、なんだかいたたまれない気持ちになる。それは、このステージが終わったら、3人が帰らないと言っても帰ろうと決意させるのに、十分な理由となりえた。
不意に、元春の声が耳を掠める。
それは今から15年前、まだ僕が洟を垂らしたガキだったころ、元春が叫んだ声だった。
探していた自由はもう無いのさ
本当の真実ももう無いのさ
もう僕は探しに行かない
もう僕は見つけに行かない
時間の無駄だと気付いたのさ
この♪The Circle♪という曲に衝撃を受けた事を、僕は今でも覚えている。ファーストアルバムで、”本当の真実が見つかるまで”と歌い、ライブの中で”本当に自由でなけりゃ意味がないのさ、そうだろ”と、オーディエンスに語りかけていた彼とは思えない歌だったからだ。もしかすると当時の元春も、今の僕と同じように、このどうしようもない現実に押し潰されていたのかもしれない。
僕は傲慢にも、そんな事を考えていた。
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05.28.22:13
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その13
再び肉の壁がわらわらと形成され、そのなかにひさ兄に連れられたべーやんとヒロが、居心地悪そうに加わった。
べーやんが行く間際に、
「行かないのか?」
と、聞いてきたが、僕の答えはやっぱりNoだった。どうしてもあの肉の壁の一部になどなりたくない。
ひさ兄のダンスは、明らかに他のその他大勢とは違っていた。
その他大勢は、ただ思い思いに体を動かしているだけだが、ひさ兄のそれは、ある一定の動きを繰り返す、一応はダンスと呼べる代物だった。
僕が『一応』と断ったのはそのままの理由だ。ひさ兄の得意げな顔とは裏腹に、その姿は決して格好のいいものではなかった。ひさ兄が下手なのか、ダンスそのものがカッコ悪いのかは分からない。ともかくその動き全てに、惹かれるものは何一つ無かった。ある意味滑稽とも言える。
最高に笑えたのは、最後の一曲だった。これまでとは明らかに異なる、いわゆるロックンロールが始まった途端に、ひさ兄が壊れた操り人形のようにギクシャクと、それでいて素早く腰を振りはじめたのだ。周りのその他大勢も、腰を屈めつつ右に左に動かしている。
最初は笑いをこらえていた僕だったが、一度吹き出してしまったら止まらなくなってしまった。声を抑えなければならないから、余計に止まらなかったのかもしれない。きっと、ひさ兄は、今自分は最高にカッコいいと思ってるんだろうなと思うと、さらに可笑しさがこみ上げて来た。
ステージが終わり、ひさ兄達が席に戻ってきてからも、その笑いは止まらなかった。
「何?何か面白いことあったか」
そんなひさ兄の問いかけも、可笑しさに拍車をかける役にしか立たなかった。間違っても自分が笑われていると思っていないひさ兄が、哀れで滑稽だったからだ。でも、流石に「ひさ兄が面白いんだよ」とは、口が裂けても言えなかった。
僕はそこまで残酷では無い。
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05.25.21:55
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その12
ステージを煌々と照らしていたライトが消され、ピンスポットの光の筋が、季節外れの天の川のように、僕の頭上に輝いていた。
どうやら、いわゆるチークタイムのようで、肉の壁が崩れ、3、4組のカップルが体を寄せ合っているだけになった。おかげで、バンドへの視界もずいぶん開けた。頭上の天の川は、他のメンバーと比べるとかなり年上と思われる男性ヴォーカルに注がれていた。
男性ヴォーカルの、優しく、それでいて切ない歌声が、恋人の帰りを待ちわびる主人公の心を、歌い上げてゆく。かなりキーが高いにもかかわらず、ヴォーカルの声はきっちりと音程を保っている。かなりの腕前だ。テレビに出ているアイドルもどきの歌手など、このヴォーカルには歯が立たないだろう。比べるのも申し訳ないくらいだ。
僕が飲みなれない水割りを口に運びながら曲に浸っていると、ひさ兄の余計なノイズが割り込んできた。
「スローナンバーが終わったら、踊ってみないか」
僕は視線を動かさずに、「パス」と言って、手をひらひらと振って応えた。
「なんだよ。ノリがわりぃな。お前らは行くよな」
そう言ってひさ兄はべーやんにヘッドロックをかけた。
「はいはい。お前も付き合えよ」
そう言うべーやんに袖を引っ張られ、口に入れかけたフライドチキンを落としそうになったヒロは、むっとしながらも首を縦に振った。
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05.22.21:00
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その11
だが、突然僕の視界からバンドが消えた。
消えたと言っても、本当に姿を消したわけでも、店が停電になった訳でもない。もちろん、僕が目を閉じた訳でもない。
僕とステージの間に、壁が出来たのだ。
ステージと僕達が座るテーブルの間にある不思議な空間に、決壊した堤防から流れ出すようにして、人が溢れ出したのだ。オジサンもオバサンも、若い僕よりも積極的に、リズムに体を委ねている。思い思いに踏むステップは、お世辞にもカッコいいとは言えないし、憧れとは程遠い。僕にとっては、バンドへの視線を遮る、無様な肉の壁と言ったところだ。
別に大好きなアーティストでもないし、大好きな音楽と言うわけでもない。それに肉の壁は騒音を立てているわけでは無いから、音に関して言えば、遮っている訳でもなければ、邪魔をしているわけでもない。
それでも何故か僕は、眼前に展開された肉の壁に対して、心の中で悪態をつかないわけにはいかなかった。
下手な踊りなど見たくない―
醜態を晒すな―
僕の楽しみの邪魔をするな―
等々。
4曲終了時のMCによれば、この時演奏された曲は、♪プリティーウーマン♪♪ハローメリールウ♪♪悲しき街角♪♪ダイナナ♪だそうだ。どれもミディアムテンポのリズムが心地よく、気持ちを高ぶらせてくれるナンバーばかりだったが、肉の壁のせいで、その半分も僕は楽しめなかったように思う。そして当然のことながら、どの曲も僕が始めて耳にするナンバーだった。
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05.19.21:00
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その10
「いよいよ始まるぜ」
ひさ兄の顔は、暗くても紅潮しているのが分かるほど、いきいきとしていた。
思えば、僕に佐野元春を教えてくれたのも、ひさ兄だった。
当時の僕は、ヒットチャートを賑わせていた、ローラースケートを履いたり、無理矢理バンド路線で売り出したアイドルや、やくざドラマで一世を風靡した歌手、それにがなり立ててうるさいだけにしか聞こえないバンドなんかには、ぜんぜん興味が湧かなかった。 もっと僕らしいもの。
僕はずっと探し続けていた。
そんな時、ひさ兄の部屋で見つけた『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の芸術的なパッケージ。そしてひさ兄の「それ聞いてみるか」と言う言葉。その出会いが無ければ、僕は佐野元春とは、今も巡り合っていなかったかも知れない。
そんな、ひさ兄が期待に胸を膨らませ、僕に薦めた音楽を演奏している店。
僕は心の奥底で、どこか期待していたのかもしれない。
照明が落ちるのと、BGMのボリュームが下げられ、静けさが訪れたのは、ほとんど同時だった。不思議なことに、客同士の会話さえ聞こえない。奇妙な緊張感を覚えた僕の視線は、ステージに釘付けになった。
強力なスポットライトがステージを照らし、力強いドラムの音が静寂を打ち破る。続いてエレキギターが、聞き覚えのあるメロディを奏で始める。
この曲は、リチャードギアとジュリアロバーツの古い映画。日曜の夜のテレビでやってたのを、両親が見ていたときに流れていた曲。映画の題は確か『プリティーウーマン』だったかな?話の内容は覚えていないけれど、この曲だけは確かに記憶の中にある。気持ちを高揚させる為に緻密に計算されたかのようなメロディとリズム。僕の足は僕の意思とは関係なく、リズムを刻み始めた。
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To be continued
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