01.26.01:32
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06.10.21:42
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その16
曲が終わっても僕の鼓動は高鳴ったままで、頭の中ではアドレナリンが暴れ回っている。僕は帰ってきたひさ兄達には目もくれず、呆然と彼らの残像を見ていた。
前回同様、打って変わってスローナンバーが流れる。曲は♪スタンド・バイ・ミー♪。
CMか何かで耳にした事のある曲。
僕はゆっくりと目を閉じて、メロディーの中に身を委ねる。間奏のストリングスが火照った僕の心を優しくなでてくれ、少し落ち着きを取り戻した僕の頭脳が、正常な思考を取り戻す。
冷静になってなお、僕の中ではある『欲望』が徐々に膨れ上がっていた。
彼らと、踊ってみたい―
僕の頭の中では、華麗にステップを踏む僕の姿がある。そこにいる僕は、何故かピンスポットを浴びている。両サイドにはあの3人組が、僕に笑顔を向け、同じように踊っている。さらにその向こうでは、ひさ兄達が僕のダンスに、驚愕の表情を浮かべている。
そこまで想像して、僕は我に帰り、小さく身震いをした。都合のいい妄想を振り払う為だ。
あんなに上手く踊れるわけが無い。
ひさ兄のように醜態を晒し、座っている客の嘲笑を引くだけだ。
結局ステージ後半も、僕は傍観者と言う仮面を取り去る事は無かった。
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06.07.00:03
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その15
店内に暗闇が舞い降り、BGMが遥か彼方へ遠のいてゆく。一人テーブルに残った僕は、グラスに僅かに残った水割りを喉に流し込み、虚ろな目線をステージへと向けた。だが、そこにステージは無い。ひさ兄とべーやん、それにヒロを飲み込んだ肉の壁が広がるばかりだ。
このままこっそり帰ろうか―
そう思ったその時、僕の目に光が宿った。それは肉の壁の中に有りながら、明らかに一際異彩を放ち、くっきりと個体である事を主張していた。
ステージ上のバンドマンよろしく、きっちりとセットされたリーゼント。
目の覚める様なイエローのシャツ。
履き古したブルージーンズ。
すこしやれたショートブーツ。
その動きと言うよりダンスは、ひさ兄と同じでありながら、全く別のものだった。
軽やかでいて力強く、伸びやかに舞う手足。
音楽は『音を楽しむ』と書くと言う事を体現している表情。
喫茶店の男―
僕は直感的にそう信じた。断定は出来ない。だけど、何一つ根拠が無くても、疑いの余地は無かった。
あの時と違うのは、革ジャンを着ていないことと、同じスタイルの仲間二人がいると言う事。3人は時折顔を見合わせ、笑顔を交わしている。寸分違わず、同じステップを踏む3人は楽しそうであり、かつ人を魅了する何かを持っている。同じ3人とは言え、ひさ兄達とは大違いだ。
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06.02.23:06
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その14
それから後は、ひさ兄のウンチクの披露とダンス教室が始まった。
あの曲は何だかんだ。
ボックスステップとは、ああだこうだ。
べーやんとヒロはそれなりに耳を傾けていたが、全く興味が湧かない僕は、お笑い芸人よろしく完全に右から左に受け流していた。僕の頭の中は、どのタイミングで「そろそろ帰ろうか」と言い出すべきかで一杯で、今のところの結論は、とりあえず今では無いと言う事だった。僕は半ばうんざりしながら、少し輝きを失ったステージを眺めていた。
再びステージが始まろうとしていた。
前回と代わり映えしない光景が、まるでプログラムのようにきっちりと繰り返されてゆく。退屈しのぎのように慣れない水割りのグラスを重ね、少し酔いの回った僕は、死んだ魚のような目でそれを見ていた。
つまらない日常―
初めは別世界に感じたこの店も、そんなものに支配されているのかと思うと、なんだかいたたまれない気持ちになる。それは、このステージが終わったら、3人が帰らないと言っても帰ろうと決意させるのに、十分な理由となりえた。
不意に、元春の声が耳を掠める。
それは今から15年前、まだ僕が洟を垂らしたガキだったころ、元春が叫んだ声だった。
探していた自由はもう無いのさ
本当の真実ももう無いのさ
もう僕は探しに行かない
もう僕は見つけに行かない
時間の無駄だと気付いたのさ
この♪The Circle♪という曲に衝撃を受けた事を、僕は今でも覚えている。ファーストアルバムで、”本当の真実が見つかるまで”と歌い、ライブの中で”本当に自由でなけりゃ意味がないのさ、そうだろ”と、オーディエンスに語りかけていた彼とは思えない歌だったからだ。もしかすると当時の元春も、今の僕と同じように、このどうしようもない現実に押し潰されていたのかもしれない。
僕は傲慢にも、そんな事を考えていた。
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05.28.22:13
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その13
再び肉の壁がわらわらと形成され、そのなかにひさ兄に連れられたべーやんとヒロが、居心地悪そうに加わった。
べーやんが行く間際に、
「行かないのか?」
と、聞いてきたが、僕の答えはやっぱりNoだった。どうしてもあの肉の壁の一部になどなりたくない。
ひさ兄のダンスは、明らかに他のその他大勢とは違っていた。
その他大勢は、ただ思い思いに体を動かしているだけだが、ひさ兄のそれは、ある一定の動きを繰り返す、一応はダンスと呼べる代物だった。
僕が『一応』と断ったのはそのままの理由だ。ひさ兄の得意げな顔とは裏腹に、その姿は決して格好のいいものではなかった。ひさ兄が下手なのか、ダンスそのものがカッコ悪いのかは分からない。ともかくその動き全てに、惹かれるものは何一つ無かった。ある意味滑稽とも言える。
最高に笑えたのは、最後の一曲だった。これまでとは明らかに異なる、いわゆるロックンロールが始まった途端に、ひさ兄が壊れた操り人形のようにギクシャクと、それでいて素早く腰を振りはじめたのだ。周りのその他大勢も、腰を屈めつつ右に左に動かしている。
最初は笑いをこらえていた僕だったが、一度吹き出してしまったら止まらなくなってしまった。声を抑えなければならないから、余計に止まらなかったのかもしれない。きっと、ひさ兄は、今自分は最高にカッコいいと思ってるんだろうなと思うと、さらに可笑しさがこみ上げて来た。
ステージが終わり、ひさ兄達が席に戻ってきてからも、その笑いは止まらなかった。
「何?何か面白いことあったか」
そんなひさ兄の問いかけも、可笑しさに拍車をかける役にしか立たなかった。間違っても自分が笑われていると思っていないひさ兄が、哀れで滑稽だったからだ。でも、流石に「ひさ兄が面白いんだよ」とは、口が裂けても言えなかった。
僕はそこまで残酷では無い。
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05.25.21:55
小説~Lover Shakers~Outside Storys Vol.1その12
ステージを煌々と照らしていたライトが消され、ピンスポットの光の筋が、季節外れの天の川のように、僕の頭上に輝いていた。
どうやら、いわゆるチークタイムのようで、肉の壁が崩れ、3、4組のカップルが体を寄せ合っているだけになった。おかげで、バンドへの視界もずいぶん開けた。頭上の天の川は、他のメンバーと比べるとかなり年上と思われる男性ヴォーカルに注がれていた。
男性ヴォーカルの、優しく、それでいて切ない歌声が、恋人の帰りを待ちわびる主人公の心を、歌い上げてゆく。かなりキーが高いにもかかわらず、ヴォーカルの声はきっちりと音程を保っている。かなりの腕前だ。テレビに出ているアイドルもどきの歌手など、このヴォーカルには歯が立たないだろう。比べるのも申し訳ないくらいだ。
僕が飲みなれない水割りを口に運びながら曲に浸っていると、ひさ兄の余計なノイズが割り込んできた。
「スローナンバーが終わったら、踊ってみないか」
僕は視線を動かさずに、「パス」と言って、手をひらひらと振って応えた。
「なんだよ。ノリがわりぃな。お前らは行くよな」
そう言ってひさ兄はべーやんにヘッドロックをかけた。
「はいはい。お前も付き合えよ」
そう言うべーやんに袖を引っ張られ、口に入れかけたフライドチキンを落としそうになったヒロは、むっとしながらも首を縦に振った。
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