08.25.17:00
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07.22.22:54
小説 ~Lover Shakers~その15
僕達に残された道は、ほかのライブハウスを探すと言う道だけだった。だが、それは容易な道のりではなかった。ダイアナはこの神戸随一のライブハウスだった。確かに他にもライブハウスはある。ダイアナに次ぐ店舗といえば、同じ三宮にあるブルースエウェードシューズ。そして余り知られてはいないが、長田にあるパーキンス。さらに足を伸ばせば、大阪の梅田にも、ダイアナの店舗があるにはある。だが、大阪はいかんせん遠すぎる。
そこで、まず僕らが目指したのは、ブルースウェードシューズだった。
この店は、六甲山系の麓にある某有名ホテルの中にある店舗だ。それだけに、ノーネクタイでは入店不可能と言う、店の決まりがある。僕達は慣れないスーツに身を包み、息苦しさを押し殺しながら、その店に入った。
確かに、中身はダイアナと代わり映えはしない。バンドの演奏も申し分ない。だが、やはりスーツというスタイルが、ネクタイに締め上げられた首筋のように、僕達の心を圧迫した。Mickyは仕事柄、常にスーツを着ているので慣れてはいるようだったが、僕は工場勤め、Richardは市の環境局、いわゆるゴミ処理場で働いていることもあって、スーツなど日常では全く着ない。二度三度と足を運んでは見たものの、結局慣れることが出来ずに、僕達はたちまち音を上げた。
次に足を運んだのは、もちろんパーキンスだ。だが、この店は知名度が低いことを裏付けるかのように、金曜の夜でも客足はまばらで、どうやって運営しているのかが不思議なほどの店だった。店内のインテリアも場末のキャバレーを彷彿させる様なもので、そんな店では当然ハウスバンドも、やる気が見られない。僕達は、たった1ステージで、逃げるように退散した。やはり、流行っていない店には、それ相応の理由があるのだと、妙に納得してしまった。
夏の終わりを思わせる、少し涼しさが増した夜の街を、心に北風を吹かせながら、僕達は歩いた。やはり、ダイアナが一番だった。そう改めて実感したとき、今更ながら、悔しさがこみ上げてきた。Richardは、もう他の店を探すのはうんざりだと顔に表しながら歩いている。Mickyも絶望の色は隠せない。約一月かけた、新天地探しがこの結果では無理も無かった。
「もう、梅田しかないか…」
Mickyが、もはや止む無しといった口調で、そう呟いた。梅田とは、もちろん大阪ダイアナの事である。だが、もともとめんどくさがり屋のRichardは、その距離に難色を示し、余り乗り気ではなさそうだった。同じ系列店とは言え、店の雰囲気が違う可能性だってある。わざわざ行って、また失敗と言う状況を考えただけで、気が沈むのだろう。
「ちょっと、考えさせてくれ」
けっきょくRichardから出た答えは、ほとんどNoといえるものだった。
次の週の土曜日、僕は一人電車に揺られていた。向かうは大阪。もちろん大阪ダイアナである。移動手段に車を選ばなかったのは、駐車料金等の相場が、全くつかめていないと言うのが、一番の理由だった。それに、今日は一人である。Richardは言うまでも無く不参加で、Mickyもどうしても外せない予定のせいで、参加できなかったのである。
大阪ダイアナに行くのは、無論初めてである。希望と不安が渦まく中、ぼくは場所こそ違えど、同じダイアナに行くと言う事に、少なからず興奮を覚えていた。だが、ここ一ヶ月に他の店舗に行ったときと同様、どこか敵地で試合をするプロ野球チームのメンバーのような心境だった。もちろん僕の想像の中の話では有るが。
店には事前に問い合わせをして場所を聞いていたために、殆ど迷うことなく辿り着くことができた。だが、やはり大阪である。人の多さは神戸の比ではない。やはり敵地と言うこともあって、僕の時代錯誤なスタイルに注がれる視線も、神戸よりも痛いような気がする。一人と言うこともあって、恥ずかしさは、さらに倍増している。僕は殆ど逃げ込むように、店のドアを開けた。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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そこで、まず僕らが目指したのは、ブルースウェードシューズだった。
この店は、六甲山系の麓にある某有名ホテルの中にある店舗だ。それだけに、ノーネクタイでは入店不可能と言う、店の決まりがある。僕達は慣れないスーツに身を包み、息苦しさを押し殺しながら、その店に入った。
確かに、中身はダイアナと代わり映えはしない。バンドの演奏も申し分ない。だが、やはりスーツというスタイルが、ネクタイに締め上げられた首筋のように、僕達の心を圧迫した。Mickyは仕事柄、常にスーツを着ているので慣れてはいるようだったが、僕は工場勤め、Richardは市の環境局、いわゆるゴミ処理場で働いていることもあって、スーツなど日常では全く着ない。二度三度と足を運んでは見たものの、結局慣れることが出来ずに、僕達はたちまち音を上げた。
次に足を運んだのは、もちろんパーキンスだ。だが、この店は知名度が低いことを裏付けるかのように、金曜の夜でも客足はまばらで、どうやって運営しているのかが不思議なほどの店だった。店内のインテリアも場末のキャバレーを彷彿させる様なもので、そんな店では当然ハウスバンドも、やる気が見られない。僕達は、たった1ステージで、逃げるように退散した。やはり、流行っていない店には、それ相応の理由があるのだと、妙に納得してしまった。
夏の終わりを思わせる、少し涼しさが増した夜の街を、心に北風を吹かせながら、僕達は歩いた。やはり、ダイアナが一番だった。そう改めて実感したとき、今更ながら、悔しさがこみ上げてきた。Richardは、もう他の店を探すのはうんざりだと顔に表しながら歩いている。Mickyも絶望の色は隠せない。約一月かけた、新天地探しがこの結果では無理も無かった。
「もう、梅田しかないか…」
Mickyが、もはや止む無しといった口調で、そう呟いた。梅田とは、もちろん大阪ダイアナの事である。だが、もともとめんどくさがり屋のRichardは、その距離に難色を示し、余り乗り気ではなさそうだった。同じ系列店とは言え、店の雰囲気が違う可能性だってある。わざわざ行って、また失敗と言う状況を考えただけで、気が沈むのだろう。
「ちょっと、考えさせてくれ」
けっきょくRichardから出た答えは、ほとんどNoといえるものだった。
次の週の土曜日、僕は一人電車に揺られていた。向かうは大阪。もちろん大阪ダイアナである。移動手段に車を選ばなかったのは、駐車料金等の相場が、全くつかめていないと言うのが、一番の理由だった。それに、今日は一人である。Richardは言うまでも無く不参加で、Mickyもどうしても外せない予定のせいで、参加できなかったのである。
大阪ダイアナに行くのは、無論初めてである。希望と不安が渦まく中、ぼくは場所こそ違えど、同じダイアナに行くと言う事に、少なからず興奮を覚えていた。だが、ここ一ヶ月に他の店舗に行ったときと同様、どこか敵地で試合をするプロ野球チームのメンバーのような心境だった。もちろん僕の想像の中の話では有るが。
店には事前に問い合わせをして場所を聞いていたために、殆ど迷うことなく辿り着くことができた。だが、やはり大阪である。人の多さは神戸の比ではない。やはり敵地と言うこともあって、僕の時代錯誤なスタイルに注がれる視線も、神戸よりも痛いような気がする。一人と言うこともあって、恥ずかしさは、さらに倍増している。僕は殆ど逃げ込むように、店のドアを開けた。
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07.22.00:14
小説 ~Lover Shakers~その14
室井店長の言葉は、すでに僕達がこの店において、特別視されている、つまりは認められたということに他ならない。僕達は、満面の笑みをみせたいところをぐっとこらえて、なるべくクールに、悪く言えばキザっぽく「そうですが」と答えた。
室井店長はあごに手をやりながら、ふむと頷くと、しばらく僕達の顔を見回した。そして、次の瞬間、彼の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「当店では貴方方の入店を拒否することと決まりましたので、どうぞお引取りください」
淡々とした口調でそれだけ告げると、ドアのほうに手をかざし、僅かに頭を下げて見せた。
この時の僕達の表情は、クールなロックンローラーなどではなく、痴呆の老人のようだったに違いない。それほど僕達は衝撃を受け、思い描いた希望と現実の余りの落差に、打ちのめされていた。
「どうしてなのか、説明は無いんですか」
真っ先に正気に帰ったRichardが、鋭い口調で問いかけた。彼がまだ冷静である事は、その言葉遣いからもわかる。僕とMickyも、彼を後押しするように、店長に詰め寄った。
店長は、先週の晩、店の外ではあるが、ある人が僕達に暴行を受けたこと、またその外の客からも、店内で、フロアの場所取りの件で、脅されたと言う話を数件聞き、その為に入店禁止が決まった事を教えてくれた。
僕達は、そんな事は出鱈目だと反論したが、一人の客からの苦情だけならまだしも、複数から苦情が来ているため、決定を覆すことは出来ないとはねつけられ、逆に警察沙汰にされなかっただけでも有り難いと思ってくださいと、諭される始末だった。
濡れ衣を着せられたまま、納得など出来ようはずも無く、僕とRichardは、その苦情を申し立ててきたと言う客と、直接話がしたいと、なおも食い下がったが、それは到底受け入れられるはずも無く、もちろん相手の名前も教えてはもらえなかった。
「もう行こう」
Mickyが落胆の表情はそのままに、僕達の肩を叩いた。
僕達はどうにも諦めきれず、店の前から離れられずにいた。Richardはあからさまに怒りをむき出しにして、建物の外壁に拳を何度も叩きつけている。僕は何とか気持ちを落ち着けようと、地面に座り込んで、訳も無くジッポーの蓋を開けたり閉めたりしていた。
「やめないか。営業妨害と言われてもしょうがないぞ。さらに苦情を増やしてどうする」
RichardにむけてMickyが、少し鋭い口調で言った。
Richardはもう一度拳を壁に打ち付けた後、
「マジックトーンズの奴らに違いない」
と、凄みのある声で言った。
その考えは、彼が口にするまでも無く、既に僕の中にあった答えだった。先週の僕達への報復が、まさかこんな形で訪れようとは、誰が想像できただろう。恐らくMickyもそう考えていたに違いない。いや、それ以外に考えようが無かった。複数と言うのも、恐らくはマジックトーンズと交流のある人間の証言に違いない。マジックトーンズは僕らよりこの店の古株だ。それぐらい頼める他の常連客がいたとしても、何の不思議も無い。
だが、相手が判ったからと言って、僕達にはどうすることも出来ない。苦情を取り下げるよう頼んだところで、彼らが応ずるとは思えない。いや、その前に、知らないの一点張りを通すだろう。まさに八方塞だった。
僕達の一夜の夢。
そう呼ぶには、余りにあっけなく、屈辱的な終わり方だった。
「判ったところで、どうなるものでもない。もう行こう」
Mickyが諭すような口調で、Richardの肩を叩いた。
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室井店長はあごに手をやりながら、ふむと頷くと、しばらく僕達の顔を見回した。そして、次の瞬間、彼の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「当店では貴方方の入店を拒否することと決まりましたので、どうぞお引取りください」
淡々とした口調でそれだけ告げると、ドアのほうに手をかざし、僅かに頭を下げて見せた。
この時の僕達の表情は、クールなロックンローラーなどではなく、痴呆の老人のようだったに違いない。それほど僕達は衝撃を受け、思い描いた希望と現実の余りの落差に、打ちのめされていた。
「どうしてなのか、説明は無いんですか」
真っ先に正気に帰ったRichardが、鋭い口調で問いかけた。彼がまだ冷静である事は、その言葉遣いからもわかる。僕とMickyも、彼を後押しするように、店長に詰め寄った。
店長は、先週の晩、店の外ではあるが、ある人が僕達に暴行を受けたこと、またその外の客からも、店内で、フロアの場所取りの件で、脅されたと言う話を数件聞き、その為に入店禁止が決まった事を教えてくれた。
僕達は、そんな事は出鱈目だと反論したが、一人の客からの苦情だけならまだしも、複数から苦情が来ているため、決定を覆すことは出来ないとはねつけられ、逆に警察沙汰にされなかっただけでも有り難いと思ってくださいと、諭される始末だった。
濡れ衣を着せられたまま、納得など出来ようはずも無く、僕とRichardは、その苦情を申し立ててきたと言う客と、直接話がしたいと、なおも食い下がったが、それは到底受け入れられるはずも無く、もちろん相手の名前も教えてはもらえなかった。
「もう行こう」
Mickyが落胆の表情はそのままに、僕達の肩を叩いた。
僕達はどうにも諦めきれず、店の前から離れられずにいた。Richardはあからさまに怒りをむき出しにして、建物の外壁に拳を何度も叩きつけている。僕は何とか気持ちを落ち着けようと、地面に座り込んで、訳も無くジッポーの蓋を開けたり閉めたりしていた。
「やめないか。営業妨害と言われてもしょうがないぞ。さらに苦情を増やしてどうする」
RichardにむけてMickyが、少し鋭い口調で言った。
Richardはもう一度拳を壁に打ち付けた後、
「マジックトーンズの奴らに違いない」
と、凄みのある声で言った。
その考えは、彼が口にするまでも無く、既に僕の中にあった答えだった。先週の僕達への報復が、まさかこんな形で訪れようとは、誰が想像できただろう。恐らくMickyもそう考えていたに違いない。いや、それ以外に考えようが無かった。複数と言うのも、恐らくはマジックトーンズと交流のある人間の証言に違いない。マジックトーンズは僕らよりこの店の古株だ。それぐらい頼める他の常連客がいたとしても、何の不思議も無い。
だが、相手が判ったからと言って、僕達にはどうすることも出来ない。苦情を取り下げるよう頼んだところで、彼らが応ずるとは思えない。いや、その前に、知らないの一点張りを通すだろう。まさに八方塞だった。
僕達の一夜の夢。
そう呼ぶには、余りにあっけなく、屈辱的な終わり方だった。
「判ったところで、どうなるものでもない。もう行こう」
Mickyが諭すような口調で、Richardの肩を叩いた。
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07.21.00:06
小説 ~Lover Shakers~その13
あれから一週間と一日。ぼくはあの日と同様、ダイアナに向けて車を走らせていた。今週は仕事が忙しく、金曜も残業があったために、土曜日に変更したのだ。
土曜とは言え、夕方の阪神高速は、行楽帰りや、夜の街に繰り出す車でごった返している。早めに出たので遅れる事は無いだろうが、渋滞自体があまり気持ちのいいものではない。エアコンなどと言う近代装備の無いワーゲンタイプ2ではなおさらだ。
僕はイライラを紛らわせる為に、愛煙しているポールモールに火をつけた。煙さえもこの暑さのせいで気だるそうに、ゆっくりと窓の外へ出てゆく。カーステレオからは、リトル・リチャードの”キープ・ア・ノッキン”が、さらに僕の心を急き立てるように、絶叫を続けている。
渋滞は柳原を越えた辺りで、徐々に解消されてゆき、三角窓からさわやかな風が舞い込んでくる。僕達の夜はもうすぐだ。
いつもどおり駐車場に集合した僕達は、いつも以上の高揚感をそれぞれの胸に秘めていた。もちろん先週の夜の記憶が、僕達に高揚感をもたらしているのは、言うまでも無い。
素晴らしい夜は、もう約束されているも同然だった。先週の夜の再来、いやそれ以上の夜が待っていると、信じて疑わない僕達がいた。
その証拠に、Richardのリーゼントは、明らかにいつもより決まっている。しかも靴は新調しており、恐らくは革底だ。つま先とかかと部分が深い赤で、その外は白という、なんとも派手な靴だった。もちろん先は尖っている。Mickyも服装こそ普段と変わらないが、三人の中では一番大人びている彼が、少々はしゃぎ気味だ。
かくいう僕も、今日は以前気に入って買ったが、少々派手すぎて、どうしても着る事のできなかった、黒地に袖と襟の部分が黄色、バックには”Rock’n Roll”の文字が派手に刺繍されているシャツを着ている。髪のセットにもいつもの五割り増しの時間をかけていた。明らかに、先週までの僕達ではない。何か言いようの無い自信と、誇りを手にした僕達がそこにいた。
これまで、少なからず羞恥心を抱いていた、店までの道のりも、顔を上げ、胸を張って歩くことが出来た。見る人によっては、どこかのチンピラのように見えたかもしれない。だが、今日の僕達には、そんな視線さえ気にならなかった。
先週同様、夕闇が垂れ込めてきた頃に、僕達は店の前に着いた。胸を膨らませ、ともすれば口から飛び出してきそうな期待を押し留めつつ、僕らは襟を正して、店のドアを開けた。
地下へと続く階段を降り、もう一度ドアを開けると、ビートルズの”ツイスト・アンド・シャウト”が僕達を出迎えてくれた。軽快なリズムとジョン・レノンの少ししゃがれた歌声が、僕達の鼓動を、否応無しに早める。
いらっしゃいませの声の変わりに、僕達の耳に飛び込んできたのは、この店の店長、室井さんの「Lover Shakersのみなさんですね」だった。僕達のチーム名が、早くも店に浸透している。僕達はまさに有頂天の絶頂だった。
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土曜とは言え、夕方の阪神高速は、行楽帰りや、夜の街に繰り出す車でごった返している。早めに出たので遅れる事は無いだろうが、渋滞自体があまり気持ちのいいものではない。エアコンなどと言う近代装備の無いワーゲンタイプ2ではなおさらだ。
僕はイライラを紛らわせる為に、愛煙しているポールモールに火をつけた。煙さえもこの暑さのせいで気だるそうに、ゆっくりと窓の外へ出てゆく。カーステレオからは、リトル・リチャードの”キープ・ア・ノッキン”が、さらに僕の心を急き立てるように、絶叫を続けている。
渋滞は柳原を越えた辺りで、徐々に解消されてゆき、三角窓からさわやかな風が舞い込んでくる。僕達の夜はもうすぐだ。
いつもどおり駐車場に集合した僕達は、いつも以上の高揚感をそれぞれの胸に秘めていた。もちろん先週の夜の記憶が、僕達に高揚感をもたらしているのは、言うまでも無い。
素晴らしい夜は、もう約束されているも同然だった。先週の夜の再来、いやそれ以上の夜が待っていると、信じて疑わない僕達がいた。
その証拠に、Richardのリーゼントは、明らかにいつもより決まっている。しかも靴は新調しており、恐らくは革底だ。つま先とかかと部分が深い赤で、その外は白という、なんとも派手な靴だった。もちろん先は尖っている。Mickyも服装こそ普段と変わらないが、三人の中では一番大人びている彼が、少々はしゃぎ気味だ。
かくいう僕も、今日は以前気に入って買ったが、少々派手すぎて、どうしても着る事のできなかった、黒地に袖と襟の部分が黄色、バックには”Rock’n Roll”の文字が派手に刺繍されているシャツを着ている。髪のセットにもいつもの五割り増しの時間をかけていた。明らかに、先週までの僕達ではない。何か言いようの無い自信と、誇りを手にした僕達がそこにいた。
これまで、少なからず羞恥心を抱いていた、店までの道のりも、顔を上げ、胸を張って歩くことが出来た。見る人によっては、どこかのチンピラのように見えたかもしれない。だが、今日の僕達には、そんな視線さえ気にならなかった。
先週同様、夕闇が垂れ込めてきた頃に、僕達は店の前に着いた。胸を膨らませ、ともすれば口から飛び出してきそうな期待を押し留めつつ、僕らは襟を正して、店のドアを開けた。
地下へと続く階段を降り、もう一度ドアを開けると、ビートルズの”ツイスト・アンド・シャウト”が僕達を出迎えてくれた。軽快なリズムとジョン・レノンの少ししゃがれた歌声が、僕達の鼓動を、否応無しに早める。
いらっしゃいませの声の変わりに、僕達の耳に飛び込んできたのは、この店の店長、室井さんの「Lover Shakersのみなさんですね」だった。僕達のチーム名が、早くも店に浸透している。僕達はまさに有頂天の絶頂だった。
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07.19.23:39
小説 ~Lover Shakers~その12
心地よい夜風に吹かれていた。街は既に眠りについている。殆どのネオンサインや、看板の明かりも灯を落とし、街灯だけが、通る人も車も僅かな今でも、夜道を優しく照らしている。空を見上げれば、月明かりと街灯に存在を薄められた星達が、まばらに瞬いている。
僕は、夜の物静かで、それでいてどこかピンと張り詰めた空気が好きだ。誰もいない通りに立つと、目の前に広がるこの世界の、王にでもなったような気分になる。僕を阻む者も、蔑む者も、叱り付ける者も、虐げる者もいない。この瞬間、確かに僕は自由なのだ。そう感じられる夜が好きだ。
そんな中でも、今夜はどこか特別だった。実に良い夜だ。これまで生きてきた二十一年の歳月の中で、最高の夜かもしれない。思わず手を広げて、この世界中の全てを抱きしめたい気分だ。一人だったら、間違いなく僕はそうしただろう。
今日の最終ステージも、楽しい気分のまま終わりを迎えた。僕らがチーム名を公表したステージで、僕らを睨みつけていたマジックトーンズの面々は、最終ステージを待たずに、早々に引き上げていった。彼らは帰り際、これまで以上にあからさまな敵対心を燃やした目を僕達に向けながら去っていった。少し調子に乗りすぎたのかもしれない。店を出たとたんに、待ち伏せに合い、喧嘩になるのではないか。ふとそう思った。そんな事になれば、せっかくの楽しい夜が、全て台無しである。僕は微かに彼らの報復を恐れていた。
最後まで残っていたのは、僕らと僅か二組五名だけだった。それでも十分楽しかったのは、その全員がフロアに飛び出して、最後まで踊ったからであり、その顔は一点の曇りの無い笑顔で満たされていたからだろう。店を出るときには、あての無い再開の約束まで交わして、店を出た。携帯電話など無かった時代だ。メールアドレスの交換など、存在しない。
Lover Shakersの門出としては上々の滑り出しだ。こんなことなら、もっと早くに公表するべきだったと、Richardが興奮冷めやらぬといった顔で言っている。それがたとえ、その名を耳にした人達にとって、この夜の終わりと共に消え去ってしまう記憶であったとしても、僕達は満足だった。
心の片隅で心配していた、マジックトーンズの待ち伏せというものは杞憂に終わった。考えてみれば、彼らが帰ってからもう一時間半近くが経過している。それに、この店の出入り口を視界に入れられる場所に、開いている深夜喫茶などは無い。外で待ち伏せの為に一時間半も待っていられるわけがなかった。
いつの間にやら駐車場に着いた。点在する街灯がぼんやりとした明かりで照らし出される中、停まっている車は、僕のワーゲンと、Mickyのヒルマンミンクス、Richardの古いクラウンのステーションワゴンだけだった。止めた場所がバラバラの為、点在していたのを、僕達は慎重に一ケ所に集めた。そして、僕のワーゲンに三人で乗り込んで、寝転がった。
僕のワーゲンは、キャンパー仕様になっている。シートを広げれば、楽にとは言えないが、大人四人までが寝ることが出来る。ルーバー式の窓を開け、備え付けの蚊取り線香を炊けば、夏場でも何とかなる。
興奮冷めやらぬ僕は、しばらく天井を見詰めながら、起きていた。二人も同じらしく、顔を掻いてみたり、もぞもぞと体を動かしていて、眠っている様子は無い。
「Jerry。まだ、忘れられないのか」
唐突にMIckyが聞いてきた。もちろん、僕の最後の失恋のことを言っているのだろう。もしかすると、あのスローナンバーの時に、ぼくが物憂げな顔をしていたのに気付いていたのかもしれない。
僕は、「ああ」と、軽く返事をした。
「もう、どれくらい経つ?」
Richardが重ねて問いかけてくる。僕を心配してくれているのもあるが、基本的に、Richardはこういう話題が好きなのだ。いや、Richardだけでなく、男同士で顔をそろえると、決まって出る話題なのかもしれない。
「もう、いいじゃないか。しみったれた話じゃ、良い夜が台無しだ」
僕は、この話題を遮った。実際、今は思い出したくも、話したくも無かった。今夜がHAPPYに終わってゆく。それだけで満足だった。
「それもそうだな」
Mickyのこの言葉を最後に、僕達はやがて眠りに落ちて行った。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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僕は、夜の物静かで、それでいてどこかピンと張り詰めた空気が好きだ。誰もいない通りに立つと、目の前に広がるこの世界の、王にでもなったような気分になる。僕を阻む者も、蔑む者も、叱り付ける者も、虐げる者もいない。この瞬間、確かに僕は自由なのだ。そう感じられる夜が好きだ。
そんな中でも、今夜はどこか特別だった。実に良い夜だ。これまで生きてきた二十一年の歳月の中で、最高の夜かもしれない。思わず手を広げて、この世界中の全てを抱きしめたい気分だ。一人だったら、間違いなく僕はそうしただろう。
今日の最終ステージも、楽しい気分のまま終わりを迎えた。僕らがチーム名を公表したステージで、僕らを睨みつけていたマジックトーンズの面々は、最終ステージを待たずに、早々に引き上げていった。彼らは帰り際、これまで以上にあからさまな敵対心を燃やした目を僕達に向けながら去っていった。少し調子に乗りすぎたのかもしれない。店を出たとたんに、待ち伏せに合い、喧嘩になるのではないか。ふとそう思った。そんな事になれば、せっかくの楽しい夜が、全て台無しである。僕は微かに彼らの報復を恐れていた。
最後まで残っていたのは、僕らと僅か二組五名だけだった。それでも十分楽しかったのは、その全員がフロアに飛び出して、最後まで踊ったからであり、その顔は一点の曇りの無い笑顔で満たされていたからだろう。店を出るときには、あての無い再開の約束まで交わして、店を出た。携帯電話など無かった時代だ。メールアドレスの交換など、存在しない。
Lover Shakersの門出としては上々の滑り出しだ。こんなことなら、もっと早くに公表するべきだったと、Richardが興奮冷めやらぬといった顔で言っている。それがたとえ、その名を耳にした人達にとって、この夜の終わりと共に消え去ってしまう記憶であったとしても、僕達は満足だった。
心の片隅で心配していた、マジックトーンズの待ち伏せというものは杞憂に終わった。考えてみれば、彼らが帰ってからもう一時間半近くが経過している。それに、この店の出入り口を視界に入れられる場所に、開いている深夜喫茶などは無い。外で待ち伏せの為に一時間半も待っていられるわけがなかった。
いつの間にやら駐車場に着いた。点在する街灯がぼんやりとした明かりで照らし出される中、停まっている車は、僕のワーゲンと、Mickyのヒルマンミンクス、Richardの古いクラウンのステーションワゴンだけだった。止めた場所がバラバラの為、点在していたのを、僕達は慎重に一ケ所に集めた。そして、僕のワーゲンに三人で乗り込んで、寝転がった。
僕のワーゲンは、キャンパー仕様になっている。シートを広げれば、楽にとは言えないが、大人四人までが寝ることが出来る。ルーバー式の窓を開け、備え付けの蚊取り線香を炊けば、夏場でも何とかなる。
興奮冷めやらぬ僕は、しばらく天井を見詰めながら、起きていた。二人も同じらしく、顔を掻いてみたり、もぞもぞと体を動かしていて、眠っている様子は無い。
「Jerry。まだ、忘れられないのか」
唐突にMIckyが聞いてきた。もちろん、僕の最後の失恋のことを言っているのだろう。もしかすると、あのスローナンバーの時に、ぼくが物憂げな顔をしていたのに気付いていたのかもしれない。
僕は、「ああ」と、軽く返事をした。
「もう、どれくらい経つ?」
Richardが重ねて問いかけてくる。僕を心配してくれているのもあるが、基本的に、Richardはこういう話題が好きなのだ。いや、Richardだけでなく、男同士で顔をそろえると、決まって出る話題なのかもしれない。
「もう、いいじゃないか。しみったれた話じゃ、良い夜が台無しだ」
僕は、この話題を遮った。実際、今は思い出したくも、話したくも無かった。今夜がHAPPYに終わってゆく。それだけで満足だった。
「それもそうだな」
Mickyのこの言葉を最後に、僕達はやがて眠りに落ちて行った。
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07.18.00:45
小説 ~Lover Shakers~その11
今回のステージは、客数も減ったこともあって、スローナンバーである”この世の果てまで”からスタートし、ベン・E・キングの”スタンド・バイ・ミー”、カスケーズの”悲しき雨音”と、穏やかな曲調のナンバーが、立て続けに続いた。僕達は立ち上がることなく、おとなしく席に着き、この優しげなメロディー達に心を泳がせて、バーボンを飲み、タバコに火をつけていた。
「リクエストが通って無いのか」
曲の合間に、Richardが苛立たしげに、そう言った。僕は、後半にアップテンポのナンバーを集めているのだろうと、希望的観測を示してRichardの気を鎮め、Mickyは、別にかからなければ、それはそれで良いじゃないかと、消極的な意見を言って、Richardのヒンシュクを買っていた。
続いてお決まりのスローナンバー。曲はプラターズの”オンリー・ユー”。
この時間になると、チークを踊る人も殆どいない。マジックトーンズの面々も、カップルであるにもかかわらず踊ってはいない。殆ど泥酔状態の熟年カップルが、千鳥足で、それでいて笑顔を絶やさずに、仲良くチークを踊っているのみである。
曲が終わると、まばらな拍手と共にライトが輝きを増し、男女ボーカルのMCがはじまった。声はまだまだ元気だが、この選曲を考えれば、客数が減ったこともあってか、あまりやる気は感じられない。
女性ボーカルの元気な声が、このステージもラスト3曲であることを告げた。曲数まで2曲も削っている。完全な手抜きもいいところだ。せっかくの楽しい夜も、終盤でこれでは台無しである。僕は秘かに怒りを燃やしていた。
だが、女性ボーカルの次の言葉が僕の怒りを雲散霧消させた。残り3曲の1曲目はLover Shakersさんからリクエストを頂いた、Thinkであると、高らかに宣言されたのだ。僕らは一も二も無く立ち上がった。
「Lover Shakersさんはどちらですか?」
おまけに僕らのシナリオどおり、話題にまで上らそうとしてくれている。僕らは、まるで授業参観の小学生のように、高らかに手を上げて見せた。
「ダンスチームのLover Shakersさんでーす。はい拍手」
バンドの演奏付きで紹介された僕らは、とっさに手を広げてポーズを作って見せた。僕らの新しい門出だ。若干の羞恥心と、それを上回る恍惚感で、僕らのテンションはいやおう無く上がった。ちらりとマジックトーンズの席に目をやると、ハコフグが殆ど睨みつけるような視線を、僕達に注いでいる。僕は相手になってやるといわんばかりに、あごを上げて、かすかな笑みを浮かべて見せてやった。
「では、Lover Shakersの皆さんと盛り上がっていきましょう」
女性ボーカルのこの言葉を合図に、演奏が始まる。アレサ・フランクリン程ではないが、パンチの効いた歌声で曲が始まる。僕らは映画ブルースブラザーズのジェイクとエルウッドのように、少しおどけた調子でステップを踏んだ。
客は少ないながらも、僕達のほかにも二,三組、五,六人がフロアで踊っている。僕らのステップを見ながら、真似をしようとする人達。関係なく楽しげに踊る人達。どれも笑顔に満ちていて、僕らも目が合えば、笑顔を返した。
驕りかもしれないが、この時は確かに僕らがこのフロアの核となっていた。僕らがこのステージを盛り上げているのだという気さえする。人数こそ少ないが、僕らにとって、このステージが、今日一番のステージになった。
その反面、僕らが気に入らないのか、このステージでは、最後までマジックトーンズが踊ることは無かったのだった。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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「リクエストが通って無いのか」
曲の合間に、Richardが苛立たしげに、そう言った。僕は、後半にアップテンポのナンバーを集めているのだろうと、希望的観測を示してRichardの気を鎮め、Mickyは、別にかからなければ、それはそれで良いじゃないかと、消極的な意見を言って、Richardのヒンシュクを買っていた。
続いてお決まりのスローナンバー。曲はプラターズの”オンリー・ユー”。
この時間になると、チークを踊る人も殆どいない。マジックトーンズの面々も、カップルであるにもかかわらず踊ってはいない。殆ど泥酔状態の熟年カップルが、千鳥足で、それでいて笑顔を絶やさずに、仲良くチークを踊っているのみである。
曲が終わると、まばらな拍手と共にライトが輝きを増し、男女ボーカルのMCがはじまった。声はまだまだ元気だが、この選曲を考えれば、客数が減ったこともあってか、あまりやる気は感じられない。
女性ボーカルの元気な声が、このステージもラスト3曲であることを告げた。曲数まで2曲も削っている。完全な手抜きもいいところだ。せっかくの楽しい夜も、終盤でこれでは台無しである。僕は秘かに怒りを燃やしていた。
だが、女性ボーカルの次の言葉が僕の怒りを雲散霧消させた。残り3曲の1曲目はLover Shakersさんからリクエストを頂いた、Thinkであると、高らかに宣言されたのだ。僕らは一も二も無く立ち上がった。
「Lover Shakersさんはどちらですか?」
おまけに僕らのシナリオどおり、話題にまで上らそうとしてくれている。僕らは、まるで授業参観の小学生のように、高らかに手を上げて見せた。
「ダンスチームのLover Shakersさんでーす。はい拍手」
バンドの演奏付きで紹介された僕らは、とっさに手を広げてポーズを作って見せた。僕らの新しい門出だ。若干の羞恥心と、それを上回る恍惚感で、僕らのテンションはいやおう無く上がった。ちらりとマジックトーンズの席に目をやると、ハコフグが殆ど睨みつけるような視線を、僕達に注いでいる。僕は相手になってやるといわんばかりに、あごを上げて、かすかな笑みを浮かべて見せてやった。
「では、Lover Shakersの皆さんと盛り上がっていきましょう」
女性ボーカルのこの言葉を合図に、演奏が始まる。アレサ・フランクリン程ではないが、パンチの効いた歌声で曲が始まる。僕らは映画ブルースブラザーズのジェイクとエルウッドのように、少しおどけた調子でステップを踏んだ。
客は少ないながらも、僕達のほかにも二,三組、五,六人がフロアで踊っている。僕らのステップを見ながら、真似をしようとする人達。関係なく楽しげに踊る人達。どれも笑顔に満ちていて、僕らも目が合えば、笑顔を返した。
驕りかもしれないが、この時は確かに僕らがこのフロアの核となっていた。僕らがこのステージを盛り上げているのだという気さえする。人数こそ少ないが、僕らにとって、このステージが、今日一番のステージになった。
その反面、僕らが気に入らないのか、このステージでは、最後までマジックトーンズが踊ることは無かったのだった。
*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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