08.25.08:12
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07.29.23:17
小説 ~Lover Shakers~その20
「神戸に戻れるかもしれないんだぜ。嬉しくないのかよ」
僕は、二人の余りの仏頂面加減に、たまらずそう尋ねた。
「Jerryは人が良いからな。ただの調子のいいオジサンに乗せられただけじゃないのか」
Richardは、どうやら清水さんの事を、端から信用していないらしい。Richardは友人や血縁関係にあるものに対しては寛容だが、見ず知らずの他人に対しては、過剰なほど排他的な一面がある。ある意味、Richardらしい反応といえた。
「それは言いすぎじゃないのか」
余りに否定的な意見に、Mickyが助け舟を出してくれた。Richardは不機嫌そうに、愛煙しているラークマイルドを大きくふかした。
僕が少し胸をなでおろしたのもつかの間、Mickyから出た次の言葉は、けして肯定的なものではなかった。
「その清水さんという人が、本当に何かをしてくれるとしても、ただの客でしかない人に、何が出来るんだろうか」
Mickyの言うことはもっともだった。僕もその点は考えてみた。だが、答えは見つかっていない。自分が清水さんの立場だった場合に、打つ手が見当たらないのだ。彼が探偵などの特殊な職業の人間ならまだしも、貿易会社の社長というだけでは、今回の件に関して言えば、何の役にも立ちそうに無い。僕の心の中の希望という名の風船が、急速に萎んで行くのを感じて、返す言葉がなかった。
「その人、清水って言ったっけ」
急に村田さんが口を挟む。どうやら、他の客の注文をこなしつつも、僕たちの話に耳をそばだてていたらしい。僕は力なく「はい」と答えた。
村田さんは、その人の風貌を事細かに、僕に聞いてきた。村田さんの話す清水さんの風貌は、僕の中にある記憶とほぼ酷似していた。
「その人はマジックトーンズにダンスを教えた人じゃないかな。たしか若い頃に、グリースっていうチームのリーダーだった人だよ」
何のことは無い。清水さんは、マジックトーンズにとって兄貴分のような存在なのだ。そんな人間が、彼らにとって不利になる行動を起こすだろうか。肯定的に考えれば、弟分の不始末をたしなめるとも考えられる。だが、彼は恐らくマジックトーンズの言い分も聞くだろう。その時、嘘でも彼らがもっともな言い分を言えば、そちらに傾くのが人情というものだろう。僕の心の中で、希望が木っ端微塵に砕けるのを感じた。
Richardは、「それ見たことか」と言い、Mickyもまた「あまり期待しないほうがよさそうだ」という結論を出した。
「Richardは大阪にはどうしても行く気が無いのかよ」
「たまになら良いけど、毎週は嫌かな。遠いし、面倒くさいぜ」
二人の会話は、すでにその先へと進んでいる。だが、この話題にも、答えは見つからないだろう。
いや、もう答えは出ているのかもしれない。近場のライブハウスでの活動が無理な今、走り始めたばかりのLover Shakersの道は、突然現れた断崖絶壁にどうすることも出来ないでいる。見える答えは、「解散」の二文字だけのように思われた。もっとも解散したからと言って、僕たちの友情が崩れることは無いのかもしれない。僕たちはライブハウスを通じて知り合った友人ではない。ダンスは僕たちが見つけた、一つの遊びのスタイルでしかないからだ。
だがその反面、ライブハウスとダンスは、遊びの一つと割り切れるほど、僕たちの中で小さく無い事もまた事実だ。いや、正確に言えばMickyとRichardの本心はいざ知らず、少なくとも僕にとってはそうだ。たとえ二人が通うことを止めたとしても、一人でも僕は通い続けるだろう。そうなれば、何となく二人とも疎遠になってしまうかもしれない。僕の心の中には、すでに寂しげな秋風が吹き始めていた。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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僕は、二人の余りの仏頂面加減に、たまらずそう尋ねた。
「Jerryは人が良いからな。ただの調子のいいオジサンに乗せられただけじゃないのか」
Richardは、どうやら清水さんの事を、端から信用していないらしい。Richardは友人や血縁関係にあるものに対しては寛容だが、見ず知らずの他人に対しては、過剰なほど排他的な一面がある。ある意味、Richardらしい反応といえた。
「それは言いすぎじゃないのか」
余りに否定的な意見に、Mickyが助け舟を出してくれた。Richardは不機嫌そうに、愛煙しているラークマイルドを大きくふかした。
僕が少し胸をなでおろしたのもつかの間、Mickyから出た次の言葉は、けして肯定的なものではなかった。
「その清水さんという人が、本当に何かをしてくれるとしても、ただの客でしかない人に、何が出来るんだろうか」
Mickyの言うことはもっともだった。僕もその点は考えてみた。だが、答えは見つかっていない。自分が清水さんの立場だった場合に、打つ手が見当たらないのだ。彼が探偵などの特殊な職業の人間ならまだしも、貿易会社の社長というだけでは、今回の件に関して言えば、何の役にも立ちそうに無い。僕の心の中の希望という名の風船が、急速に萎んで行くのを感じて、返す言葉がなかった。
「その人、清水って言ったっけ」
急に村田さんが口を挟む。どうやら、他の客の注文をこなしつつも、僕たちの話に耳をそばだてていたらしい。僕は力なく「はい」と答えた。
村田さんは、その人の風貌を事細かに、僕に聞いてきた。村田さんの話す清水さんの風貌は、僕の中にある記憶とほぼ酷似していた。
「その人はマジックトーンズにダンスを教えた人じゃないかな。たしか若い頃に、グリースっていうチームのリーダーだった人だよ」
何のことは無い。清水さんは、マジックトーンズにとって兄貴分のような存在なのだ。そんな人間が、彼らにとって不利になる行動を起こすだろうか。肯定的に考えれば、弟分の不始末をたしなめるとも考えられる。だが、彼は恐らくマジックトーンズの言い分も聞くだろう。その時、嘘でも彼らがもっともな言い分を言えば、そちらに傾くのが人情というものだろう。僕の心の中で、希望が木っ端微塵に砕けるのを感じた。
Richardは、「それ見たことか」と言い、Mickyもまた「あまり期待しないほうがよさそうだ」という結論を出した。
「Richardは大阪にはどうしても行く気が無いのかよ」
「たまになら良いけど、毎週は嫌かな。遠いし、面倒くさいぜ」
二人の会話は、すでにその先へと進んでいる。だが、この話題にも、答えは見つからないだろう。
いや、もう答えは出ているのかもしれない。近場のライブハウスでの活動が無理な今、走り始めたばかりのLover Shakersの道は、突然現れた断崖絶壁にどうすることも出来ないでいる。見える答えは、「解散」の二文字だけのように思われた。もっとも解散したからと言って、僕たちの友情が崩れることは無いのかもしれない。僕たちはライブハウスを通じて知り合った友人ではない。ダンスは僕たちが見つけた、一つの遊びのスタイルでしかないからだ。
だがその反面、ライブハウスとダンスは、遊びの一つと割り切れるほど、僕たちの中で小さく無い事もまた事実だ。いや、正確に言えばMickyとRichardの本心はいざ知らず、少なくとも僕にとってはそうだ。たとえ二人が通うことを止めたとしても、一人でも僕は通い続けるだろう。そうなれば、何となく二人とも疎遠になってしまうかもしれない。僕の心の中には、すでに寂しげな秋風が吹き始めていた。
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07.27.23:44
小説 ~Lover Shakers~その19
電車に飛び乗った僕は、奇跡をもたらしてくれるであろう、あの男性の名詞を見た。よく考えれば、名前さえ知らなかったのだ。名前は、清水と名刺に書いてあった。名詞には貿易会社の名前が記されており、名前の横には小さく代表取締役と書いてある。僕を驚かせたのは、名詞には会社の電話番号のほかに、携帯電話の電話番号が書いてあったことだ。この当時の携帯電話は現在とは比べ物にならないほど高価なものだった。電話機自体が十万円近くしていた時代だ。とても一般庶民の持つものではない。さすがは社長だと、ただただ感心するほかなかった。
翌日、僕はMickyとRichardに招集をかけた。理由はとりあえず伏せておいた。二人の驚く声だけでなく、顔を見たかったからだ。
集合場所は僕達がたまに足を運ぶ、オールディーズバー”ピンクルージュ”。オーナーの村田さんは、シボレーベルエアに乗っている、筋金入りのロックンローラーだ。それほど通っていない僕らだが、オールディーズを愛する者として、いつも村田さんは温かく迎えてくれる。僕らにとっては、良い兄貴分のような存在だ。
夕暮れ時に店に着いてドアを開けると、すでにMickyとRichardはすでに店に入っていた。カウンター席に座り、村田さんを相手に、神戸ダイアナの一件を、愚痴っぽく話しているところだった。
僕はわざと落ち着いた調子でRichardの隣に腰を下ろした。
「聞いたよ。なんだか大変なことになってるね」
村田さんが心配そうにそう言った。僕は「まあね」と、いかにもそうでも無いといった雰囲気をかもし出しつつ、ウィスキーの水割りを注文した。銘柄は通称CC、カナディアンクラブの白ラベル。いわゆる安物の酒だ。
とりあえず僕達は乾杯してから、グラスを傾け、残暑の厳しさにやられた喉を潤した。
「大阪ダイアナはそんなに良かったのか」
余りに平静な僕に、Mickyが訝しげに聞いてきた。それにかぶせる様に、Richardのいかにも面白く無いといった声。
「良かろうが悪かろうが、そんな所まで俺は行かないぜ」
僕はわざと焦らす様に、ポールモールを取り出し火を点けると、上に向けて勢い良く煙を吹き出した。それから、二人の顔に視線を戻した。二人はいつもと違う僕の様子に、訝しげな表情だ。僕は二人の表情に満足していた。
「大阪は悪くなかったよ。でも僕は行かない」
「どういう事だよ」
端から行く気の無いRichardはともかく、Mickyは不審顔でそう尋ねた。
僕はもう一度タバコをふかした後、二人に事の経緯を得意げに語った。二人は神妙な顔つきで話に聞き入っていたが、話が終わっても表情が変わることはなかった。いくらまだ結果が出ていない話とは言え、笑みすら見せない二人の表情は、僕にとって全くの予想外だった。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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翌日、僕はMickyとRichardに招集をかけた。理由はとりあえず伏せておいた。二人の驚く声だけでなく、顔を見たかったからだ。
集合場所は僕達がたまに足を運ぶ、オールディーズバー”ピンクルージュ”。オーナーの村田さんは、シボレーベルエアに乗っている、筋金入りのロックンローラーだ。それほど通っていない僕らだが、オールディーズを愛する者として、いつも村田さんは温かく迎えてくれる。僕らにとっては、良い兄貴分のような存在だ。
夕暮れ時に店に着いてドアを開けると、すでにMickyとRichardはすでに店に入っていた。カウンター席に座り、村田さんを相手に、神戸ダイアナの一件を、愚痴っぽく話しているところだった。
僕はわざと落ち着いた調子でRichardの隣に腰を下ろした。
「聞いたよ。なんだか大変なことになってるね」
村田さんが心配そうにそう言った。僕は「まあね」と、いかにもそうでも無いといった雰囲気をかもし出しつつ、ウィスキーの水割りを注文した。銘柄は通称CC、カナディアンクラブの白ラベル。いわゆる安物の酒だ。
とりあえず僕達は乾杯してから、グラスを傾け、残暑の厳しさにやられた喉を潤した。
「大阪ダイアナはそんなに良かったのか」
余りに平静な僕に、Mickyが訝しげに聞いてきた。それにかぶせる様に、Richardのいかにも面白く無いといった声。
「良かろうが悪かろうが、そんな所まで俺は行かないぜ」
僕はわざと焦らす様に、ポールモールを取り出し火を点けると、上に向けて勢い良く煙を吹き出した。それから、二人の顔に視線を戻した。二人はいつもと違う僕の様子に、訝しげな表情だ。僕は二人の表情に満足していた。
「大阪は悪くなかったよ。でも僕は行かない」
「どういう事だよ」
端から行く気の無いRichardはともかく、Mickyは不審顔でそう尋ねた。
僕はもう一度タバコをふかした後、二人に事の経緯を得意げに語った。二人は神妙な顔つきで話に聞き入っていたが、話が終わっても表情が変わることはなかった。いくらまだ結果が出ていない話とは言え、笑みすら見せない二人の表情は、僕にとって全くの予想外だった。
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07.26.23:28
小説 ~Lover Shakers~その18
「成る程な」
男性は、妙に納得がいったというような顔で、短くそれだけ言った。
「僕達も、すこし調子に乗っていたところがあったのかもしれません。そういう意味では、身から出た錆ですね」
僕が付け加えたこの言葉に、男性が勢いよく反論した。
「ここは皆が楽しみに来るところだ。それを調子に乗っているだの、なんだのと言う方がどうかしている。君らが気に止むことなど無い」
言い終わると、勢いよく僕の背中を叩いた。口ぶりからして、マジックトーンズと男性の間にも何か因縁があるようにも感じたが、それを口にするのは、差し出がましいようでやめておいた。
「なんだ、グラスが空じゃないか。遠慮するな」
突然男性はそう言うと、僕のグラスに自分のボトルの酒を注いでくれた。僕は、恐縮しながら自分で氷とミネラルウォーターをいれた。男性とグラスを合わせ、グラスを傾けながら、チラリとボトルのラベルを見て、僕は飛び上がりそうになった。マーテルのVSOP。この店で確か一番高い酒だ。僕はのどに流し込むのが名残惜しくて、しばらく口の中で甘く香るブランデーの味を楽しんでいた。
僕とその男性は終電前まで共に飲み、そして踊った。男性のダンスは動きこそ控えめだが、しっかりとステップを踏み、ツイストさえ見事に踊って見せた。神戸ダイアナには、相当通っている事が窺える。いや、年齢から考えて、もっと別な形でダンスと触れ合ってきたのかも知れない。ともあれ、僕と男性は年齢を超えて、友人になれた気がする。こういう出会いがあるのなら、一人で来るのも悪くない。もっとも、毎回こういう出会いがあるとは思えないが。
電車も同じかと思ったが、彼はもともと阪神沿線であり、しかも今日はタクシーで帰ると言う事だった。
別れ際、彼は少しはにかんだ様な笑みを見せた。
「神戸の件、少しお節介を焼いても良いかな」
男性の言葉の意味を読み込むのに、少し時を要した。男性はそれを、僕が躊躇していると取ったのか、再び口を開いた。
「まあ、良い結果が出るとは限らないが、君らを神戸で見られなくなるのは、寂しい気がしてね」
僕達にとっては、願っても無い言葉だった。再び神戸ダイアナで踊ることが出来る。考えただけで、僕の胸は躍っていた。
もちろん、男性にどれだけの事が出来るのかはわからない。ぬか喜びになる可能性は、十分にある。だが、何の根拠も無いにもかかわらず、僕は男性に全幅の信頼を置き、揺ぎ無い信用を感じていた。
僕は男性に何度も礼を言い、頭を下げ続けた。
男性は最後に僕に自分の名詞を渡し、終電に遅れるぞと言って、僕を送り出してくれた。時計に目をやると、すでに終電まで十分を切っている。最後に僕は今日の礼を言って、駆け出した。
胸の鼓動が高鳴っているのは、駆けているからだけではない。これから起こる奇跡の予感に、打ち震えているのだ。
こんな時間でなければ、間違いなく、僕はMickyと、Richardに電話していただろう。彼らがこの話を聞いたとき、どんな顔をするのか。想像しただけで、頬が緩んだ。
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男性は、妙に納得がいったというような顔で、短くそれだけ言った。
「僕達も、すこし調子に乗っていたところがあったのかもしれません。そういう意味では、身から出た錆ですね」
僕が付け加えたこの言葉に、男性が勢いよく反論した。
「ここは皆が楽しみに来るところだ。それを調子に乗っているだの、なんだのと言う方がどうかしている。君らが気に止むことなど無い」
言い終わると、勢いよく僕の背中を叩いた。口ぶりからして、マジックトーンズと男性の間にも何か因縁があるようにも感じたが、それを口にするのは、差し出がましいようでやめておいた。
「なんだ、グラスが空じゃないか。遠慮するな」
突然男性はそう言うと、僕のグラスに自分のボトルの酒を注いでくれた。僕は、恐縮しながら自分で氷とミネラルウォーターをいれた。男性とグラスを合わせ、グラスを傾けながら、チラリとボトルのラベルを見て、僕は飛び上がりそうになった。マーテルのVSOP。この店で確か一番高い酒だ。僕はのどに流し込むのが名残惜しくて、しばらく口の中で甘く香るブランデーの味を楽しんでいた。
僕とその男性は終電前まで共に飲み、そして踊った。男性のダンスは動きこそ控えめだが、しっかりとステップを踏み、ツイストさえ見事に踊って見せた。神戸ダイアナには、相当通っている事が窺える。いや、年齢から考えて、もっと別な形でダンスと触れ合ってきたのかも知れない。ともあれ、僕と男性は年齢を超えて、友人になれた気がする。こういう出会いがあるのなら、一人で来るのも悪くない。もっとも、毎回こういう出会いがあるとは思えないが。
電車も同じかと思ったが、彼はもともと阪神沿線であり、しかも今日はタクシーで帰ると言う事だった。
別れ際、彼は少しはにかんだ様な笑みを見せた。
「神戸の件、少しお節介を焼いても良いかな」
男性の言葉の意味を読み込むのに、少し時を要した。男性はそれを、僕が躊躇していると取ったのか、再び口を開いた。
「まあ、良い結果が出るとは限らないが、君らを神戸で見られなくなるのは、寂しい気がしてね」
僕達にとっては、願っても無い言葉だった。再び神戸ダイアナで踊ることが出来る。考えただけで、僕の胸は躍っていた。
もちろん、男性にどれだけの事が出来るのかはわからない。ぬか喜びになる可能性は、十分にある。だが、何の根拠も無いにもかかわらず、僕は男性に全幅の信頼を置き、揺ぎ無い信用を感じていた。
僕は男性に何度も礼を言い、頭を下げ続けた。
男性は最後に僕に自分の名詞を渡し、終電に遅れるぞと言って、僕を送り出してくれた。時計に目をやると、すでに終電まで十分を切っている。最後に僕は今日の礼を言って、駆け出した。
胸の鼓動が高鳴っているのは、駆けているからだけではない。これから起こる奇跡の予感に、打ち震えているのだ。
こんな時間でなければ、間違いなく、僕はMickyと、Richardに電話していただろう。彼らがこの話を聞いたとき、どんな顔をするのか。想像しただけで、頬が緩んだ。
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07.24.23:03
小説 ~Lover Shakers~その17
スローナンバーの後のラスト三曲は振るっていた。まずはジェリー・リールイスの”グレート・ボールズ・オブ・ファイア(火の玉ロック)”。続いて、エディー・コクランの”サマータイム・ブルース”と来て、最後にチャック・ベリーの”ジョニー・ビー・グッド"。全てロックンロールであり、さらに言えば、全てお気に入りの曲だった。
中でも火の玉ロックは、僕の最も好きな曲である。僕の又の名であるJerryという名前も、このジェリー・リールイスから来ている。僕にとっては、いわばテーマソングのようなものだ。あの驚くほどのスピードで演奏されるピアノサウンドに、僕はぞっこん惚れ込んでいた。
良い汗を掻いてトイレによった後、再び席に戻ると、僕から一つ席を空けたところに、一人の男性が座っていた。年は恐らく四十半ば、渋いメガネをかけた、同姓の僕が言うのも何だが、なかなかのダンディな男性だった。よく目にする、酔っ払いのおじさんとは、一線を画している。遊びなれた、大人の男性という印象だった。どうやらステージの最中に来店したらしい。もちろんこういう知らない人と、席を並べるのは初めてであり、僕は少し緊張を覚えた。僕はいわゆる、人見知りをするタイプなのだ。
僕は一応、その男性に軽く会釈をした後、席に着き、渇いた喉に水割りを流し込んだ。そして、意味もなくメニューに目を通したり、タバコに火をつけたりと、落ち着きなくしていた。
僕が穴が開くほど眺めたメニューを置き、辺りに視線を向けたときだった。ふいにその男性と目が合った。
しまったと思ったがもう遅かった。その男性が顔に似合った落ち着きのある声で、僕に話しかけてきていた。
「違ったら申し訳ないが、神戸でも見かけた気がするんだが、人違いかな」
「はい。大阪は今日が初めてです」
僕は、やむなく答えた。知らない人と話をするのは、気を使う分だけ疲れるので、余り好きではない。二,三言話をして、早々に話を切り上げようと考えていた。
男性は、ゆったりとした口調ながら、饒舌に話し始めた。私も神戸のほうが、よく行っている。今日は知り合いと会う用事で大阪に来たので、こちらに来たのだという。僕達のことは、神戸ダイアナに行くたびに、ほぼ毎回のように目にしていたのだという。いつも楽しそうに、そして上手くステップを踏んでいるという印象を、持ってくれていたらしい。
僕は話に合わせて相槌を打ち、最後に有難う御座いますと言って、笑顔で頭を下げた。僕らのダンスを見て、覚えていてくれる人がいたということが、素直に嬉しかったのだ。
「今日はどうして大阪に?それも一人で」
男性は当然覚えるであろう疑問を、僕に投げかけてきた。現金だと言われればそれまでだが、僕の緊張も、喜びと共に徐々に解け始めていた。
僕は正直にこれまでのいきさつを語ったが、僕達を陥れた張本人が、マジックトーンズであろうことは伏せておいた。何も証拠が無い以上、名指しするのはどうも憚られたからだ。男性は僕の話を聞きながら、眉をひそめていた。
「本当に思い当たることは無いのかい」
男性の言う、思い当たるということが、僕達がそういう事と取られる事をしていないのかという事なのか、そんな目にあう心当たりが無いのかと言う事を言っているのかが分からなかったので、僕は素直に聞き返した。
男性は、後者のほうだと答えた。
僕はマジックトーンズのメンバーに、よく思われていない様だという事だけを答え、断言することはやはり避けた。
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中でも火の玉ロックは、僕の最も好きな曲である。僕の又の名であるJerryという名前も、このジェリー・リールイスから来ている。僕にとっては、いわばテーマソングのようなものだ。あの驚くほどのスピードで演奏されるピアノサウンドに、僕はぞっこん惚れ込んでいた。
良い汗を掻いてトイレによった後、再び席に戻ると、僕から一つ席を空けたところに、一人の男性が座っていた。年は恐らく四十半ば、渋いメガネをかけた、同姓の僕が言うのも何だが、なかなかのダンディな男性だった。よく目にする、酔っ払いのおじさんとは、一線を画している。遊びなれた、大人の男性という印象だった。どうやらステージの最中に来店したらしい。もちろんこういう知らない人と、席を並べるのは初めてであり、僕は少し緊張を覚えた。僕はいわゆる、人見知りをするタイプなのだ。
僕は一応、その男性に軽く会釈をした後、席に着き、渇いた喉に水割りを流し込んだ。そして、意味もなくメニューに目を通したり、タバコに火をつけたりと、落ち着きなくしていた。
僕が穴が開くほど眺めたメニューを置き、辺りに視線を向けたときだった。ふいにその男性と目が合った。
しまったと思ったがもう遅かった。その男性が顔に似合った落ち着きのある声で、僕に話しかけてきていた。
「違ったら申し訳ないが、神戸でも見かけた気がするんだが、人違いかな」
「はい。大阪は今日が初めてです」
僕は、やむなく答えた。知らない人と話をするのは、気を使う分だけ疲れるので、余り好きではない。二,三言話をして、早々に話を切り上げようと考えていた。
男性は、ゆったりとした口調ながら、饒舌に話し始めた。私も神戸のほうが、よく行っている。今日は知り合いと会う用事で大阪に来たので、こちらに来たのだという。僕達のことは、神戸ダイアナに行くたびに、ほぼ毎回のように目にしていたのだという。いつも楽しそうに、そして上手くステップを踏んでいるという印象を、持ってくれていたらしい。
僕は話に合わせて相槌を打ち、最後に有難う御座いますと言って、笑顔で頭を下げた。僕らのダンスを見て、覚えていてくれる人がいたということが、素直に嬉しかったのだ。
「今日はどうして大阪に?それも一人で」
男性は当然覚えるであろう疑問を、僕に投げかけてきた。現金だと言われればそれまでだが、僕の緊張も、喜びと共に徐々に解け始めていた。
僕は正直にこれまでのいきさつを語ったが、僕達を陥れた張本人が、マジックトーンズであろうことは伏せておいた。何も証拠が無い以上、名指しするのはどうも憚られたからだ。男性は僕の話を聞きながら、眉をひそめていた。
「本当に思い当たることは無いのかい」
男性の言う、思い当たるということが、僕達がそういう事と取られる事をしていないのかという事なのか、そんな目にあう心当たりが無いのかと言う事を言っているのかが分からなかったので、僕は素直に聞き返した。
男性は、後者のほうだと答えた。
僕はマジックトーンズのメンバーに、よく思われていない様だという事だけを答え、断言することはやはり避けた。
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07.23.23:28
小説 ~Lover Shakers~その16
店のドアを開けると、エルヴィス・プレスリーの「監獄ロック」が僕を迎えてくれた。ある意味囚人のような立場の僕には、ぴったりの曲かもしれない。
ウェイターの案内で、座りなれないカウンター席に着いて、一通り注文を済ませる。
カウンター席と言っても、バーテンダーと向かい合うように座る席ではない。そういう席もあるが、ライブハウスというだけあって、ステージ方向に向かった席がある。僕が座ったのはその席だ。一段高い位置にあるカウンターから見る店内と言うのは、なんとも新鮮だった。初めて来る店なのだから当然と言えば当然だが、系列店だけあって、店のつくりは神戸と酷似している。すこし神戸よりは、ステージからの奥行きが小さいだろうか。ダンスフロアは、神戸とほぼ同等か、僅かに小さいぐらいだろう。殆ど遜色は無い。客の入りは、閑散と言うほどではないが、余り多いとは言えない。
運ばれてきたウイスキーの水割りを口にしたとき、僕はあることに気付いた。駐車場事情等を、先に下調べをしてから、ゆっくりと店に入る予定だったのが、駅から店に一直線に飛び込んできてしまっていたのだ。懐中時計の蓋を開け、目をやると、時刻はまだ七時前。時間に余裕を持って家を出たのだから、早すぎて当然だった。客入りが少ないことも、これで頷ける。たいていの客は、どこか居酒屋などで一杯引っ掛けてから、この店に訪れる事が多い。客が増えだすのは八時から九時の間だ。
いつもよりゆっくりとした時間にもどかしさを感じつつも、注文したピラフを腹に詰め込み、ジッポー蓋を開けるときの涼しげな音色を楽しみながら、ポールモールに火を点けた。
ぼんやりと煙の行方を目で追ってみる。頭に浮かぶのは、僕達の今後について。これまでのライブハウスと比べて、やはりここは魅力的だった。もちろんまだバンド演奏や、フロアの様子を見なくては判断は下せないが、神戸と酷似しているだけ有って、僕の心は大阪ダイアナに傾いている。だが、Richardは納得するだろうか。それに交通費だって馬鹿にならない。この地は僕らの新天地と成り得るのだろうか。その不安はどうしても頭から離れなかった。
午後八時。ステージがはじまっても、僕はなんとなくカウンターに座っていた。神戸とは違い、踊っている人は少ない。おじさんやおばさんが数名、リズムを取りながら体を動かしているといった程度だ。
曲はジョニー・ティロットソンの”ポエトリー・イン・モーション”、スティーブ・ロレンスの”悲しき足音”、ロネッツの”私のベイビー”と、比較的大人しめのポップスナンバーが続いた。客足がまばらな内に、これらの曲を演奏しておき、増えてきた頃にアップテンポのナンバーを持っていくつもりなのだろうか。そんな事を考えながら、僕は様子見を続けていた。ちなみにバンドの演奏は申し分ない。ダイアナのペースメーカーズと比べても、全く遜色ない。
そんな分析めいたことばかり考えている自分に、少し笑えた。僕達の楽しみは、ダンスだったはずである。それを忘れて、神戸と比べてなんだかんだと言っていては、何の為に来たのか分からない。やはり、神戸を入店禁止になったり、行く先々でがっかりさせられた事で、気が滅入って、どうかしていたのかもしれない。
ぼくはスローナンバー後に、踊りに飛び出すことを、心に決めたのだった。
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ウェイターの案内で、座りなれないカウンター席に着いて、一通り注文を済ませる。
カウンター席と言っても、バーテンダーと向かい合うように座る席ではない。そういう席もあるが、ライブハウスというだけあって、ステージ方向に向かった席がある。僕が座ったのはその席だ。一段高い位置にあるカウンターから見る店内と言うのは、なんとも新鮮だった。初めて来る店なのだから当然と言えば当然だが、系列店だけあって、店のつくりは神戸と酷似している。すこし神戸よりは、ステージからの奥行きが小さいだろうか。ダンスフロアは、神戸とほぼ同等か、僅かに小さいぐらいだろう。殆ど遜色は無い。客の入りは、閑散と言うほどではないが、余り多いとは言えない。
運ばれてきたウイスキーの水割りを口にしたとき、僕はあることに気付いた。駐車場事情等を、先に下調べをしてから、ゆっくりと店に入る予定だったのが、駅から店に一直線に飛び込んできてしまっていたのだ。懐中時計の蓋を開け、目をやると、時刻はまだ七時前。時間に余裕を持って家を出たのだから、早すぎて当然だった。客入りが少ないことも、これで頷ける。たいていの客は、どこか居酒屋などで一杯引っ掛けてから、この店に訪れる事が多い。客が増えだすのは八時から九時の間だ。
いつもよりゆっくりとした時間にもどかしさを感じつつも、注文したピラフを腹に詰め込み、ジッポー蓋を開けるときの涼しげな音色を楽しみながら、ポールモールに火を点けた。
ぼんやりと煙の行方を目で追ってみる。頭に浮かぶのは、僕達の今後について。これまでのライブハウスと比べて、やはりここは魅力的だった。もちろんまだバンド演奏や、フロアの様子を見なくては判断は下せないが、神戸と酷似しているだけ有って、僕の心は大阪ダイアナに傾いている。だが、Richardは納得するだろうか。それに交通費だって馬鹿にならない。この地は僕らの新天地と成り得るのだろうか。その不安はどうしても頭から離れなかった。
午後八時。ステージがはじまっても、僕はなんとなくカウンターに座っていた。神戸とは違い、踊っている人は少ない。おじさんやおばさんが数名、リズムを取りながら体を動かしているといった程度だ。
曲はジョニー・ティロットソンの”ポエトリー・イン・モーション”、スティーブ・ロレンスの”悲しき足音”、ロネッツの”私のベイビー”と、比較的大人しめのポップスナンバーが続いた。客足がまばらな内に、これらの曲を演奏しておき、増えてきた頃にアップテンポのナンバーを持っていくつもりなのだろうか。そんな事を考えながら、僕は様子見を続けていた。ちなみにバンドの演奏は申し分ない。ダイアナのペースメーカーズと比べても、全く遜色ない。
そんな分析めいたことばかり考えている自分に、少し笑えた。僕達の楽しみは、ダンスだったはずである。それを忘れて、神戸と比べてなんだかんだと言っていては、何の為に来たのか分からない。やはり、神戸を入店禁止になったり、行く先々でがっかりさせられた事で、気が滅入って、どうかしていたのかもしれない。
ぼくはスローナンバー後に、踊りに飛び出すことを、心に決めたのだった。
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