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  • 04/04/02:17

06.24.00:07

小説 ~Lover Shakers~その1

 むせ返るような、汗の染みこんだ作業着を脱ぎ捨て、終業の鐘の音と共に会社を飛び出した。初夏の日差しは夕暮れ時になってもいまだその勢いを衰えさせず、洗った顔に、再び汗がにじむ。
 愛車である67年式フォルクスワーゲンタイプ2の、かかりの悪いエンジンに火を入れると、水平対抗4気筒エンジンの、ドコドコという独特の排気音が、今夜のハッピーな予感を抱かせてくれる。
 そう。今夜は、仲間達といつもの店に集合することになっている。
 店の名は、DIANA~ダイアナ~。
 ポール・アンカの代表的なヒット曲と同名のその店は、毎夜オールディーズライブが行われている、ライブバーだ。僕達は、月に3.4回は、その店に足を運んでいる。
 店では、座ってライブを聴きながら、バーボンのグラスを傾けている客も少なくは無いが、 僕達にとって、そんな行為は馬鹿げている。僕らの楽しみは、もっぱら踊ることにある。誰かに見てほしいわけでは無い。いや、綺麗な女の子に見られて、上手ですね等と言ってもらいたい下心も、少しはある。だが、目的の本質はそれではない。ただただ、踊ることが楽しくてしょうがないのだ。座っている連中も、腹の底では踊ってみたいと、ウズウズしているに違いない。ただ、羞恥心が邪魔をしているだけなのだ。
 会社から家までの帰り道は、渋滞なしで20分。ドロドロと言う排気音と共に、カーステレオから流れてくるエディ・コクランのサマータイムブルースを聴きながら、車を走らせる。車は全く違うが、気分はアメリカングラフィティのビックジョンミルナーだ。渋滞も無く、車は予定通り家に着いた。
 転がり込むように家に入ると、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。汗と鉄との入り混じった、血液を連想させるような匂いが洗い流されてゆく。本当に仕事から解放されたと、実感する一瞬だ。
 赤い開襟シャツに袖を通し、洗いざらしのジーンズを履き、鏡の前に立つ。
 入念に髪を乾かし、ヤナギヤのポマードを髪に塗りこんでゆく。ドライヤーとコームを使って髪を立ち上げ、これでもかと言うほどヘアスプレーをくれてやればリーゼントの完成だ。
 映画ブルースブラザーズでおなじみのサングラス、レイバン・ウェイファーラー2をつけ、再び愛車に火を入れる。断っておくが、飲酒運転なんていう野暮なまねはしない。閉店時間である午前2時まで踊った後、愛車で眠るのが、いつものパターンだ。その為のワンボックス車でもある。
 家から店までは、これまた渋滞が無ければ、1時間程。だが、夕方のこの時間帯では、渋滞を覚悟しなくてはならない。その間は、カーステレオから流れてくるオールディーズだけが、慰みだ。

 

 

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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。

ネット小説ランキング>現代シリアス部門>「小説Lover Shakers」に投票 (月1回)
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06.18.00:25

5月のLOVER SHAKERS

umeda.gif 去る5月2日。
 Lover Shakersは約2年ぶりに、梅田ケントスへと足を運んだ。
 梅田ケントスは、その2年前の日に、リーゼント禁止という、我々にとっては暴挙とも言える処置に出ており、きっちりとセットした髪を崩してまで入店したものの、僅か1ステージで追い出されるという苦い経験があった。その対応を忘れていたわけではなかったが、他に良い活動の場所も見当たらず、とりあえず当たって砕けろ的な状況での訪問だった。

 梅田ケントスには事前に予約を入れ、午後8時を少し回った頃に入店。
 店内は金曜日と言うこともあって、なかなかの賑わいを見せ、危惧していた入店拒否も無く、あっさりと席に着いた。
 オーダーを聞いてもらっている最中に、さっそくこの日2回目と思われるステージが始まった。
 MickyRichardは落ち着いているものの、Jerryは二年ぶりとあって、演奏が始まるともうじっとしては居られない。二人の失笑をよそに、Jerryは、2年ぶりとなるダンスフロアに足を踏み入れた。
 2年と言う歳月が過ぎていても、体のそこまで染み付いたステップを忘れてはいなかった。UPテンポ、Mediumテンポのナンバーが続き、テンションは上がる一方だった。昔と違い、スローナンバーは1ステージ1曲になっているようで、ありがたい。
 やはり、この場所は最高だ。
 ステップを踏み、脳天まで突き抜けるようなリズムを吸収するごとに、のろまな現実や、日々のあらゆるしがらみから、心が開放されてゆくのがわかる。
 1ステージ踊ると、昔より強い疲労感を覚える。やはり、年をとったのだと実感させられる。だが、帰ろうなどという考えは、毛ほども浮かばない。まだまだこの空気に触れていたい。その思いは強まる一方だった。

 冷静に店内を見回すと、客の年齢層がぐっと上がっていることに気付く。その事をRichardが口にすると、Mickyが、
「十数年前に30代だった人は40代に、40代だった人は50代にとあがっている。自分達もあの頃は20代だったが、いまはもう30代も半ばを迎えている」
と、もっともな答えを導き出した。
 これは後になって思ったことなのだが、つまりは今の20代の人で、オールディーズを聞く、又はDanceを楽しむという人口自体が明らかに減っていると言うことになる。これは由々しき事態だ。そう感じずにはいられない。

 いつものことだが、ステージを重ねるごとに客数は減って行き、最終ステージの頃には、自分達のほかに2.3組ほどしか残っていなかった。僕達は、ダンスを教えてほしいといってくる人や、態度でそれを示す人たちには、高飛車な言い方かもしれないが、惜しみなく教えてあげるようにしている。この日も、3人ほど僕達のダンスを見ながら踊っている人たちがいたので、共に踊った。
 そして最後のステージが終わった後、その3人と、再び偶然の再会を期して握手を交わし、店を後にした。

06.15.23:52

懐かしいものを発見!

 先日UPした記事を書いている最中に、ケントスの画像がほしくて、HPを検索したところ、懐かしいものが見つかったんだ。
 そう、Lover Shakersのかつてのホームグラウンドである、”神戸ケントス”のホームページだ。
  見つけた瞬間は、『もしや復活したのか?』と、その目を疑ったのだが、LAST UPDATEを見て、ガックリ。2001年8月だった…。明らかに、過去のものと言うことが確認できる。内容を見ても、すでに自身の店、「BURNING LOVE」を営業している、元神戸ケントスヴォーカルのTOMMY氏が映っている、バンドの写真(下)があるなど、全てが過去であることを肯定している。

band.jpgそれにしても、実に懐かしい。
 こんな事を口走っていては、まさにオッサンなのだが、事実オッサンなのだからしょうがない。
 踊ることの楽しみを教えてくれた場所であり、20~22歳の大半の思い出は、ここを拠点として出来上がっていると言っても過言ではない。
 神戸ケントスが閉店になって以来、あの場所には行っていないが、あの場所は今どうなっているのだろうか?
 閉店の報せを受けたときは、自分の中でなにか一つの時代が終わってしまったような感覚を覚えた事を、今でも覚えている。kobe.gif
興味のある人は、下記にURLを記しておくので、見てみると良い。
間違っても、もう営業していないので、行かないように。
では、また次回。
神戸ケントスHP
http://www.becgroup.co.jp/kentos/koube/index.html

06.14.00:14

Lover Shakersの歴史

Lover Shakersの歴史

tenai.jpg記念すべき、初回の記事は、冒頭の通り、Lover Shakersの歴史について、書きたいと思う。どうでも言いこととは思うが、読んでくれたらうれしい。

 ホームページタイトルにもあるとおり、1992年に、Micky,Richard,Jerryの三人で、結成した。神戸ケントスに通い始めたのは、19か20歳のころだったように思うが、記憶は定かではない。
 言いだしっぺは、Richard。
 名前の意味は特に無い。どんな名前が言いかと、ケントスでRichardと二人で(その時Mickyは居なかったように思う)思い浮かぶそれらしい英単語を並べ、その中から”Love”と”Shake"という組み合わせで、誕生した。ラバーシェイカーズという言葉のごろも良かった為、あっけないほど簡単に決まったように記憶している。
 その後、神戸ケントスだけでなく、”遠征”と称して、岡山ケントスや姫路ケントス(この店も今は無い。KK-cafeという名で同じような営業をしているとの情報もあるが、未確認)、梅田ケントス、名古屋ケントスなどにも出掛けていった。
 1994年、自分ことJerryが、仕事の都合で静岡県浜松市へと引越し、
そこで”Diana”(すでに閉店)というライブハウスへ行くようになり、Lover Shakers浜松支部なるものが誕生した。(Jerryの神戸復帰により消滅)
 それ以降、Richard,Jerryと立て続けに結婚し、ケントスに行く回数も、極端に減っていった。事実上の活動休止状態だったと言える。さらには、ホームグラウンドである神戸ケントスの閉店という事態が起こり、梅田ケントスも、リーゼント禁止と言う、なんだそりゃ!それでもオールディーズを売り物にしている店か!という事態等もあり、Lover Shakersの存続自体が危ぶまれていた。
 2007年5月、久しぶりに梅田ケントスへ行った。
 前回は、リーゼント禁止の為に、途中で追い出されるという事態もあって、心配していたが、いつの間にかそのルールは廃止されたのか、特に問題なく、閉店まで居座ることができた。
 どうやら、梅田ケントスが次のホームグラウンドになりそうだ。
 今後も、オールディーズとダンスの振興を目指して、活動していく。

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