03.10.23:11
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07.11.23:38
小説 ~Lover Shakers~その6
流れ落ちる汗を拭いながら、僕はステージが幕を閉じた後、トイレへと向かった。ツイストを2曲踊ると、信じられないくらい汗をかく。酒が入っているせいもあるだろうが、それにしてもすごい量だ。
用を足した後、手洗いで顔まで洗い、ハンカチなんて洒落た物は持っていないので、トイレのペーパータオル手と顔を拭う。鏡を見ると、思ったとおり、リーゼントが少し崩れている。ジーンズのお尻のポケットから、鉄製のコームを取り出し、丹念に再セットをする。
トイレのドアが開き、入ってきた40代の人が、上手ですねと声をかけてきた。僕は照れ臭ささもあって、笑顔で軽く会釈を返した。
席に戻ると、早くも少し客が引いている。そんなに早く帰らなくてもと感じるが、少しぐらいなら減ったほうがありがたい。
Richardは、どうやら若い女性客に目をつけたらしく、あの娘かわいいなと、鼻の下を伸ばしながら、Mickyにどの娘かを説明している。声をかけたいようだが、Mickyはあまり乗り気では無いらしく、行ってこいよと、促している。
ところで、彼らの名前は外国人の名前のようだが、実は紛れも無い日本人である。言わば芸名のようなものだ。そんなものをつけようと言い出したのは、Richardだ。この3人の中で言いだしっぺは、たいていこの男である。ちなみに僕の名前はJerryということになっている。
大してその名前で呼び合うことは無いのだが、彼が従姉妹から借りて読んだ、ロックンローラーとはこう言うものだという、言わばハウツー本の中にロックンローラーは本名ではなくそういった名前で呼び合うのだという項目を、実践したことになる。チーム名もその時出来上がり、”Lover Shakers”と命名した。もちろん誰も知らない。すべて自称の範囲を超えてはいないのである。
「Jerry。ちょっとあの子達に声をかけてこいよ」
Mickyに連れなくされたRichardは、席に着こうとしている僕に、やや照れ臭そうにそう言った。照れくさそうなのは、別に女の子に声をかけるのが照れくさいのではない。おそらく呼びなれない名前で呼び合うことに、言いだしっぺである本人が、照れているのである。
「俺がそういうの苦手なのは知ってるだろ」
かまわず席に座り、僕は水割りを勢いよく口に流した。テーブルには注文したパスタやピザ、フライドポテトなどが並んでいる。並んだ食べ物を見て、空腹を思い出した僕は、向かいで舌打ちをしているRichardを気にせず、ポテトを口に放り込んだ。ついでにRichardが声をかけようといった女の子がいるテーブルに目をやってみた。そこには派手目の遊びなれた感じの女の子が4人、談笑している。見た目で人を判断するのは、良くないことだが、もともと恋愛感情のスイッチが切れたままの僕は、あっさりと僕のタイプでは無いと判断を下した。
Richardが僕とMickyに、根性なしだのなんだのと悪態をついている間に、例のメガネコンビが4人に近付いていった。馴れ馴れしく、さっき開いたばかりの隣の席について、なにやら話しかけている。
「ぐずぐずしてるから、先を越されたじゃないか」
Richardは、そう言って息巻いた。
だが、メガネコンビはあっさりと振られたようで、しばらくするとすごすごと元の席に戻っていった。
「ざまあみろ」
小声でRichardが言い、ちいさくガッツポーズまで作っている。
「次のチークタイムで誘ってみる」
ようやく自分で声をかける気になったRichardは、意味不明な自信に溢れていた。こういう積極的な所は、すこし見習うべきなのかもしれない。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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用を足した後、手洗いで顔まで洗い、ハンカチなんて洒落た物は持っていないので、トイレのペーパータオル手と顔を拭う。鏡を見ると、思ったとおり、リーゼントが少し崩れている。ジーンズのお尻のポケットから、鉄製のコームを取り出し、丹念に再セットをする。
トイレのドアが開き、入ってきた40代の人が、上手ですねと声をかけてきた。僕は照れ臭ささもあって、笑顔で軽く会釈を返した。
席に戻ると、早くも少し客が引いている。そんなに早く帰らなくてもと感じるが、少しぐらいなら減ったほうがありがたい。
Richardは、どうやら若い女性客に目をつけたらしく、あの娘かわいいなと、鼻の下を伸ばしながら、Mickyにどの娘かを説明している。声をかけたいようだが、Mickyはあまり乗り気では無いらしく、行ってこいよと、促している。
ところで、彼らの名前は外国人の名前のようだが、実は紛れも無い日本人である。言わば芸名のようなものだ。そんなものをつけようと言い出したのは、Richardだ。この3人の中で言いだしっぺは、たいていこの男である。ちなみに僕の名前はJerryということになっている。
大してその名前で呼び合うことは無いのだが、彼が従姉妹から借りて読んだ、ロックンローラーとはこう言うものだという、言わばハウツー本の中にロックンローラーは本名ではなくそういった名前で呼び合うのだという項目を、実践したことになる。チーム名もその時出来上がり、”Lover Shakers”と命名した。もちろん誰も知らない。すべて自称の範囲を超えてはいないのである。
「Jerry。ちょっとあの子達に声をかけてこいよ」
Mickyに連れなくされたRichardは、席に着こうとしている僕に、やや照れ臭そうにそう言った。照れくさそうなのは、別に女の子に声をかけるのが照れくさいのではない。おそらく呼びなれない名前で呼び合うことに、言いだしっぺである本人が、照れているのである。
「俺がそういうの苦手なのは知ってるだろ」
かまわず席に座り、僕は水割りを勢いよく口に流した。テーブルには注文したパスタやピザ、フライドポテトなどが並んでいる。並んだ食べ物を見て、空腹を思い出した僕は、向かいで舌打ちをしているRichardを気にせず、ポテトを口に放り込んだ。ついでにRichardが声をかけようといった女の子がいるテーブルに目をやってみた。そこには派手目の遊びなれた感じの女の子が4人、談笑している。見た目で人を判断するのは、良くないことだが、もともと恋愛感情のスイッチが切れたままの僕は、あっさりと僕のタイプでは無いと判断を下した。
Richardが僕とMickyに、根性なしだのなんだのと悪態をついている間に、例のメガネコンビが4人に近付いていった。馴れ馴れしく、さっき開いたばかりの隣の席について、なにやら話しかけている。
「ぐずぐずしてるから、先を越されたじゃないか」
Richardは、そう言って息巻いた。
だが、メガネコンビはあっさりと振られたようで、しばらくするとすごすごと元の席に戻っていった。
「ざまあみろ」
小声でRichardが言い、ちいさくガッツポーズまで作っている。
「次のチークタイムで誘ってみる」
ようやく自分で声をかける気になったRichardは、意味不明な自信に溢れていた。こういう積極的な所は、すこし見習うべきなのかもしれない。
*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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