03.10.20:29
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07.30.23:15
小説 ~Lover Shakers~その21
失意のまま、休みが明けた。僕を今突き動かしているのは、まだ心の片隅に残っている、微かな希望の炎だけだった。
僅かではあるが、僕はまだ清水さんのあの言葉を信じている。そこにしかすがる場所が無いからという理由だけでは有るが。それはまるで、断崖絶壁に生えている、枯れ木の枝にしがみついている様なものだった。いつ折れてもおかしくは無い。だが、僕が今その手に掴めるのはそれしか無いのだ。
プライベートが上手くいっていなければ、仕事なんて面白いわけが無い。僕が働いているのは、週末の楽しみの為だけと言っても過言では無い。面白くも無い仕事を淡々とこなし、日時を無為に過ごしてゆくという日が、4日ほど続いた。
未だに清水さんには連絡できずにいた。結果を知るのが怖かったというのが、一番の理由かもしれない。告白すれば振られるのが分かっていながら、それでもその娘に思いを伝えずにはいられないという状況に似ていた。
いよいよ週末目前という金曜日になっても、僕の気持ちは晴れなかった。踊りに行けない週末なんて、冷えたカレーライスみたいなものだ。
もちろんその気になれば、何処であろうと踊りに行けない事は無い。だが、今はとてもそんな気になれなかった。神戸の結果が出なければ、いつまで経っても僕の気持ちは晴れそうに無い。
今日こそは電話してみよう。
僕はそう決意して、今週最後の仕事へと向かった。
その夜の事だった。残業をこなして7時半ごろに帰宅した僕は、清水さんに電話する勇気を奮い立たせる為に、500mlの缶ビールを2本あけていた。
よし、電話するぞ。自分を奮い立たせる為に、わざと言葉にしながら電話に向かったその時、いきなり電話のベルが鳴った。
まるでドラマのような展開に、腰を抜かしそうになりつつも、僕は一呼吸置いてから、受話器を上げた。
「近藤さんのお宅でしょうか」
近藤とは僕の苗字だ。電話の声は聞き覚えのある声。だが、清水さんではない。誰だろうと、頭の中を整理しつつ、「はい」と答えた。
「お世話になっております。神戸ダイアナの室井と申します」
僕の中で、記憶の糸が確実に、音を立てて繋がった。相手は室井店長である。聞き覚えがあるはずだった。だが、いつもと声のトーンが違う。それが、すぐに分からなかった理由だった。
僕が用件を聞くと、室井店長は受話器の向こうで頭を下げているのが想像できるほど、恐縮した声で、今回の入店禁止の原因となった相手が、誤解だったかもしれないと、立て続けに申し出を取り下げて来た為に、今回の件は無かった事にして頂きたいと言い、「良く確認もせず失礼を致しまして、誠に申し訳御座いませんでした」を何回も繰り返していた。
真っ暗闇の中で、突然降り注いだ陽光に目をやられたかのように、しばらく呆然としていた僕は、ようやく我に返り、「もう済んだことですから」と言って、米搗きバッタのような室井さんをねぎらったあと、受話器を置いた。
僕の電話はその後も立て続けに2回、けたたましくベルを鳴らす事となった。相手はもちろん、MickyとRichard。二人にも室井さんから電話が行ったのだろう。二人とも狂ったように歓喜を前面に押し出し、同じように「お前のおかげだ」を何度も繰り返した後、同じように「明日行くぞ」と言って、こちらの都合も聞かずに、電話を切るのだった。
もちろん僕の心も決まっている。僕の頭の中では、まるで洪水のようにお気に入りのオールディーズナンバーが流れ出し、遠足前の子供のようにいつまでも寝付けないまま、夜を過ごしたのだった。
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*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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僅かではあるが、僕はまだ清水さんのあの言葉を信じている。そこにしかすがる場所が無いからという理由だけでは有るが。それはまるで、断崖絶壁に生えている、枯れ木の枝にしがみついている様なものだった。いつ折れてもおかしくは無い。だが、僕が今その手に掴めるのはそれしか無いのだ。
プライベートが上手くいっていなければ、仕事なんて面白いわけが無い。僕が働いているのは、週末の楽しみの為だけと言っても過言では無い。面白くも無い仕事を淡々とこなし、日時を無為に過ごしてゆくという日が、4日ほど続いた。
未だに清水さんには連絡できずにいた。結果を知るのが怖かったというのが、一番の理由かもしれない。告白すれば振られるのが分かっていながら、それでもその娘に思いを伝えずにはいられないという状況に似ていた。
いよいよ週末目前という金曜日になっても、僕の気持ちは晴れなかった。踊りに行けない週末なんて、冷えたカレーライスみたいなものだ。
もちろんその気になれば、何処であろうと踊りに行けない事は無い。だが、今はとてもそんな気になれなかった。神戸の結果が出なければ、いつまで経っても僕の気持ちは晴れそうに無い。
今日こそは電話してみよう。
僕はそう決意して、今週最後の仕事へと向かった。
その夜の事だった。残業をこなして7時半ごろに帰宅した僕は、清水さんに電話する勇気を奮い立たせる為に、500mlの缶ビールを2本あけていた。
よし、電話するぞ。自分を奮い立たせる為に、わざと言葉にしながら電話に向かったその時、いきなり電話のベルが鳴った。
まるでドラマのような展開に、腰を抜かしそうになりつつも、僕は一呼吸置いてから、受話器を上げた。
「近藤さんのお宅でしょうか」
近藤とは僕の苗字だ。電話の声は聞き覚えのある声。だが、清水さんではない。誰だろうと、頭の中を整理しつつ、「はい」と答えた。
「お世話になっております。神戸ダイアナの室井と申します」
僕の中で、記憶の糸が確実に、音を立てて繋がった。相手は室井店長である。聞き覚えがあるはずだった。だが、いつもと声のトーンが違う。それが、すぐに分からなかった理由だった。
僕が用件を聞くと、室井店長は受話器の向こうで頭を下げているのが想像できるほど、恐縮した声で、今回の入店禁止の原因となった相手が、誤解だったかもしれないと、立て続けに申し出を取り下げて来た為に、今回の件は無かった事にして頂きたいと言い、「良く確認もせず失礼を致しまして、誠に申し訳御座いませんでした」を何回も繰り返していた。
真っ暗闇の中で、突然降り注いだ陽光に目をやられたかのように、しばらく呆然としていた僕は、ようやく我に返り、「もう済んだことですから」と言って、米搗きバッタのような室井さんをねぎらったあと、受話器を置いた。
僕の電話はその後も立て続けに2回、けたたましくベルを鳴らす事となった。相手はもちろん、MickyとRichard。二人にも室井さんから電話が行ったのだろう。二人とも狂ったように歓喜を前面に押し出し、同じように「お前のおかげだ」を何度も繰り返した後、同じように「明日行くぞ」と言って、こちらの都合も聞かずに、電話を切るのだった。
もちろん僕の心も決まっている。僕の頭の中では、まるで洪水のようにお気に入りのオールディーズナンバーが流れ出し、遠足前の子供のようにいつまでも寝付けないまま、夜を過ごしたのだった。
*この小説はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
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